火曜日の幻想譚 Ⅱ
231.視線
誰かに見られているかもしれない。そんなふうに感じたことはあるかい?
まあ大体は気のせいだったり、病気だったりするんだろう。でも、そうも行かなかった話もあるらしいんだ。
舞台は、とある工業高校だった。決して偏差値が高いとは言えない、その学校のあるクラスに、S君という男子がいたんだ。S君は体つきが小さく、内気で引っ込み思案。成績もそれほど芳しいほうではない。そのせいもあって、まあ、なんというか、クラス内でいじめられていたんだよ。どうも、先生や親なんかも見て見ぬ振りだったらしくてね。随分、かわいそうな状況にあったんだ。
ある日のこと。S君をいじめているクラスのボス格のやつが、新たないじめを考えだした。常日頃、誰か1人は常にこのS君を見つめていよう、そういうものだった。
「それ、いいな」
「うん、やろう」
キーン、コーン、カーン、コーン。チャイムが鳴り、次の授業からこのいじめは実行に移された。
授業の最中。S君が板書を写していると、後頭部に妙な視線を感じる。ふっと、そのほうを振り返ると誰も見ていない。しかしその瞬間、今度は側頭部に視線を感じる。
授業中、延々それの繰り返し。S君は、付箋紙を貼り付けられたような奇妙なな違和感でその授業を終えた。
その日の放課後。部活に入っていないS君は、真っすぐ家に帰り、自分の部屋で漫画を読んでいた。夢中になってページを繰っていると、窓にこちらを見つめる顔があるような気がする。鬱陶しいなと思って見てみると、誰もいない。だが視線を漫画に戻すと、その顔が復活する。
そんな日々が3日も続いた。3日間、どんな時も、何をしていても、一挙手一投足を監視されている気がする。恐らく、クラスのやつらのいたずらだと気づいてはいるものの、尻尾がつかめない。S君は、いつか飽きるだろうと半ば無理やり思い込んで、生活を続けるしかなかった。
数カ月後、S君の予想通りみんなは飽きてしまい、このいじめは誰の口の端にも上らなくなった。S君のリアクションが思った以上に面白くなかったのと、見続けていることが案外面倒だというのがその理由だったようだ。だが、彼らが見続けなくなっても、S君は誰からも見られなくなったわけではなかった。視線にさらされ続けたS君は、あるはずもない視線すら感じるようになってしまっていたんだ。
運命の日。すっかり疑心暗鬼になったS君は、下校中の電車内で突然ナイフを取り出して、見知らぬ男性の両目をえぐり取った。視線に苛まれ続けた末に、起こした犯行だった。S君は取り押さえられたとき、えぐった両目をなぜか後頭部に付けていた。後に理由を聞いてみると、目玉をたくさん奪って自らの体にくっつけていけば、その目で視線の正体を突き止められる、そう考えてのことだった。
……うん、気軽にいじめを行った彼らが一番悪いかもしれないね。でも、別に彼らにおとがめはなかったみたいだよ。
ん? S君はその後どうしたのかって。彼は刑期を終え、名前を変えて社会に復帰した。視線のことは気にならなくなったようだけど、今度は別の魅力に取りつかれてる。人の目をえぐり出す感触のとりこになっているんだ。
そう、こんなふうにね……。