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短編集85(過去作品)

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合わせ鏡



                合わせ鏡


「子供の頃はよかったな」
 友達が言っていた。
「何も考えずに過ごせたからね。大人に任せておけばよかったんだからね」
 年齢的にも三十歳近くになってくると、結婚の二文字を真剣に考える歳である。
 目黒貞夫は今までに何人かの女性と付き合ってきたが、真剣に結婚を考えたことなどなかった。それは相手が望まなかったことだし、自分もまだまだだと思っていたからだ。
 昔であれば二十歳を過ぎた頃の女性というと、まず結婚前提のお付き合いということになったのだろうが、目黒の付き合う女性の中には幸か不幸か、そこまで考えている女性はいなかった。
 結婚に憧れがないわけではない。大学時代からずっと一人暮らしを続けてきた目黒は、そろそろ一人暮らしにも飽きてきた。学生時代はそれなりに楽しかったのだが、就職してからはほとんどが部屋と会社の往復、部屋にいてもテレビかビデオを見ているだけだ。
 付き合った女性を部屋に連れてきたことがないわけではないが、ほとんど稀だった。表でデートすることが多く、何よりも家庭的な雰囲気を持った女性と付き合うこと自体がなかった。
 かといってそれほど行動範囲が広いわけではない。デートもすぐにマンネリ化してしまい、気がつけば数ヶ月で別れている。長いのか短いのかの判断は難しいが、女性と付き合う回数が増えれば増えるほど、付き合っていた期間が短く感じられる。やはりマンネリ化しているということなのだろうか。
 女性に対しての興味が生まれたのは、目黒は遅かった。中学を卒業する頃だったのではなかっただろうか。その頃にはまわりに女性と付き合っている連中がいっぱいいて、
――羨ましいな――
 という気持ちが最初だったように思う。
 人が持っているものを羨ましく思う年頃だったのかも知れない。女性を気にし始めた動機が羨ましいと感じたというのは、不純なことだろうか。動機を人に聞かれてもお茶を濁していたように思う。
 だが、本当に一番最初女性に憧れたのは、小学生の頃だったはずだ。五年生の頃に教育実習生が一時期教えに来てくれたが、その時の女子大生のお姉さんにそれらしい感情を持っていたように思えてならない。
 もちろん、憧れというだけだったのかも知れないが、初めて女性というものを感じたとすれば、その時の女子大生だったことは間違いない。
 今でも夢に見る。
 顔はほとんど覚えていないが、ベージュのビジネススーツに胸にはリボンをつけていたのを覚えている。長い髪の毛を後ろで縛っていて、黒板に書く時に上を見ながら背伸びしていた後姿に女性を感じていた。
 今から考えれば、そんな光景に女性を感じるのは、本能の赴くままだったように思う。
教育実習生のいた期間は、一ヶ月ほどだっただろうか。期間が分かっていただけに、余計に思いが強かったのだろう。自分の中で存在が大きくなっていたが、無意識に、
――これ以上大きくしてはいけない――
 という思いがあったのも否めない。だからこそ、後になってから夢に見たりするのだ。
 イメージは勝手に膨らんでくる。子供の頃には後姿だけを見ているだけで目が覚めてしまう。それ以上を知らないので想像することができないからだ。だが、女性というものに興味を持ち始めると身体が勝手に反応し、気がつけば抱きしめていて、そのままお互いの身体をむさぼっている。それ以上にこそ発展しないが、起きてから確実に自分の身体が満足できなかったことを感じるのだ。だが決して、
――こんな夢、見るんじゃなかった――
 とは思わない。夢を見ることで自分の身体の中にある女性を欲する気持ちが高ぶっていることを感じるのだ。誰かと付き合っている時には、自分が男であることを夢の中でも確認しているかのようである。
 なぜなら自分の理想とする女性が、その時の教育実習生だからだ。そうでなければいくら夢の世界とはいえ、そう頻繁に見ることもないだろう。
 付き合っている女性と夢の中で混同してしまうことが決してないのは、付き合う女性が本当の理想の女性ではないことを示している。だからすぐに別れてしまうのかも知れないが、別れはいつも相手からの宣告だった。
 だが考えてみれば憧れを引きずって生きていると思われていれば、それも仕方のないことだろう。目黒が付き合う女性は頭がいい淑女が多いことも起因している。教育実習生をイメージするのだからそれも仕方がない。ジレンマというべきだろうか。
 今付き合っている女性、静子はまさしくそんな女性だ。いや、あまりにも想像している女性に似すぎていて、却って教育実習生のお姉さんと少し雰囲気が違っているようにも感じる。
 古風なところがある女性で、普段はOLをしている傍ら、お花やお茶などの稽古事をこなすといったいわゆる「花嫁修業」もやっていた。それも本人が自ら望んでやっていることで、
「結構、楽しいですわよ」
 と楽しそうに話している。
 目黒には信じられない世界だった。だが、自分の趣味を生き生きとしてこなしている姿には感銘を受ける。そこが彼女に惹かれた一番の理由だ。
 きっと目黒自身、尽くしてくれる女性が好きなのだ。甘えたいという気持ちも強く、静子にそれを求めたのだ。
 静子という名前からして古風な感じを思わせる。育ってきた環境が見えてきそうだ。きっと家族も皆古風な感じなのではないかと勝手に想像している。
 静子は実に聡明で、いつもこちらが何かを言う前に分かっているようで、ツーカーに仲と言うべきだろうか。痒いところに手が届くような女性で、そのあたりも古風に見えるのだ。
――三行半――
 という言葉があるが、まさしくその通りである。決して自分から出しゃばったりはしないが、相手を立てることも忘れない。男にとってこれほどありがたい女性はいないのではないだろうか。
「結婚する女性と、恋愛をする女性とは違うものだよ」
 と、話していた先輩の言葉を今さらながらに思い出した。
 その先輩は、今幸せな結婚生活を送っている。付き合っていることをまわりに公開する前から知っているので、その言葉もよく分かる。交際の時はあまり前に出てこようとしなかったが、新居に引っ越す時に手伝いに行ったが、その時はお茶を出してくれたり、お茶菓子を買いに行ってくれたりと、裏方として大活躍だった。そんな彼女を意識して見ていた目黒だから気付いたが、他の人はさりげない彼女の行動に、それこそ意識をしなかったに違いない。
――これこそが、奥さんになる人にとって一番大切なことなんだ――
 と思った。
 静子にはそういうところがあった。本当に三行半である。しかし、どこか物足りないのも事実で、それは自分の中でも分かっていることだった。
――もう、ここまで好きになる女は現れないだろう――
 と思える女がいた。彼女は名前を和子といい、彼女も目黒に尽くしてくれた。しかし、自己主張の強い女性で、最初は大人しかったのだが、次第に自分を表に出すようになっていた。
作品名:短編集85(過去作品) 作家名:森本晃次