はなもあらしも ~垂司編~
「真っ直ぐで、とても素直だ。良い子だね、弓もともえちゃんも」
「えっ」
急にそんな事を言われたものだから、ともえの頬はさっと色めいた。
「おい」
ともえが戸惑いを隠せないでいたその時、ふいにまた声がかけられた。
声のした方へと向くと、そこには道真が立っていた。
「や、おはよう。早いね」
「……なんでもいいけどよ、ともえに下らないこと言うなよ。あんたのその口の軽さのおかげでこっちは昨日嫌な思いしてんだ」
「嫌な思い……って」
もしかして橘の事だろうか――? ともえがそれを問うてみようか逡巡していると、垂司は道場の外へと足を向けていた。
「邪魔をしたね」
「あ、いえっ! あのっ」
何か言わなくては、でも何を言えばいい――そんなともえの内心の迷いを見透かしたように、もう一度垂司は微笑んだ。
「ともえちゃん、弓は人の心だよ。それそのものなんだ。だから君は君と真っ直ぐ向き合えばいい」
その言葉にともえはハッとなった。
思えば昨日笠原道場に行ってから、笠原の者には負けたくないと相手の事ばかりを気にしていた。そしてその結果がもたらしたのは、剣山のように矢が刺さった冷たい的――ともえは肩に入った力を、ふぅっという息と共に少しだけ抜いた。
「大丈夫、ともえちゃんなら――ね」
「あ、有難うございます!」
「…………」
そんな二人の様子を道真が面白くなさそうに眺めていたが、彼が口を開く前に垂司は軽く手を振って、泰然とした様子で道場をあとにした。
「再開するぞ」
「うん!」
シュッ! タンッ!
矢が空を切り的を射る音を後ろで聞きながら、垂司はそっと宙を仰ぐ――――
「弓は人の心――だから自分と向き合えばいい……か。自分自身から目をそらし、結果弓を捨てた人間の言う言葉じゃ無いな」
自嘲気味に笑うと、垂司はどこへともなく立ち去った。
作品名:はなもあらしも ~垂司編~ 作家名:有馬音文