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はなもあらしも ~垂司編~

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「眠れない?」

 垂司は湖面に映る月を見ながらそう尋ねる。その横顔の美しさにともえの心が震え始める。

「焦っちゃいけないって分かってるんですけど、どうしても……」

 頬が赤くなるのを感じて、思わず垂司から視線をそらした。

「負けたっていいんだよ、ともえちゃん」
「え?」
「負けた人間にしか見えない世界もある。負ける事はそんなに悪い事でもないんだ」

 そう言うと垂司は何の前触れもなく背後からともえの体を抱きしめた。

「すっ、い……」
「……体がこんなに冷えてる。まだ寒い?」

 垂司の腕がともえを捉え、垂司の手はゆっくりと動いてともえの腕をそっと撫でる。

「あ、あの……」
「あぁ、すまない」

 ともえの戸惑いを拒絶と感じたのか、垂司はすっとともえから離れた。女心など手に取るように分かっていた垂司が、ともえに対してはどこか臆病にすらなってしまっている。垂司はそんな自分自身を内心で嘲笑った。

「さ、部屋まで送るよ。体が冷え切ってしまわないうちに」

 そう言って立ちあがり、ともえに手を差し伸べる垂司。
 目の前でこうして手を差し出し微笑む麗人は、無敵にすら見える。でも本当はたくさんの傷を内包しているのかもしれない。そんな風に考えると、ともえはその手を取り垂司の目を真っ直ぐ見つめて微笑んだ。