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はなもあらしも ~垂司編~

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 * * *

 美琴はともえを日輪道場まで送り届けると、また様子を見に来ると告げて家へと帰って行った。
 夕食も終わり各自自室へといなくなると、ともえは一人部屋の中で考えていた。
 試合まで時間がない。
 そして足の怪我で満足のいく修行も出来ず、悶々とした日々を過ごしただけだった。道真が教えてくれた練習法は頑張ってやっていたが、さすがに道場で射位に立って実際に矢を射る時間はあまりにも少なすぎた。
 頭の中では何度も何度もイメージトレーニングを繰り返し、一番リラックスして矢を放つタイミングは叩き込んだ。
 それでもやはり圧倒的に練習量が足りないのだ。
 焦る事はない――そう言ってくれた垂司の言葉が何度も何度も心を救ってくれている。それでも気を抜くとどうしても悪いことばかりが頭の中を巡ってしまう。

 とうとうじっとしていられなくなり、ともえは静かに部屋を出た。
 縁側から庭へと降り、少し肌寒い暗闇を月と星明かりを頼りに歩き出す。
 壁伝いに屋敷を迂回すると、道場が見えて来る。しかしすぐに足を止めともえは踵を返した。道場に近づくと、どうしても弓を触りたくなってしまうのだ。
 自制を効かせ立派な錦鯉が泳ぐ池の方へとそのまま進む。

「夜でも泳いでるのね……」

 水面に映る月が波打って、幾重にも揺らめいた。

「月が綺麗だね」

 じいっと鯉を上から覗き込んでいると、聞き慣れた声にともえは顔を上げる。
 いつの間にか浴衣姿の垂司が、ともえを見下ろし立っている。

「垂司さん」
「夜風にあたりすぎないようにね。風邪でも引いたら大変だよ」

 そう言うと垂司は自分が羽織っていた中羽織を、そっとともえの肩へとかけた。

「あ、有難うございます」

 ふいに包まれた温かさに目を閉じると、羽織りから垂司の香の匂いが鼻腔をくすぐり、垂司に抱かれているかのような錯覚に瞬間ともえは陥った。
 それがあの暴漢に襲われた日の夜の出来事を、脳裏にまざまざと思い浮かばせたが、ともえはもう動揺しなかった。自分の気持ちから目を背ける事はやめると、美琴の告白を聞いてから心で誓っていたのだ。