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父の肖像

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2.一枚の写真(2)



 担当者と連絡を取り、日取りを決めて通話を切る。

 会うのは5日後。目的地には3時間でたどり着く。なんてことはない作業だ。だが、心は簡単に割り切れない。父への恨みつらみや母の無念などがよみがえってくる。

「引き受けはしたけど、何か複雑だな」

 でもどっちにしろ、写真を確かめるだけだ。そう思った瞬間、私はふと、重大な事実に気がついた。
 もし遺体が父だったら、私たちの墓に埋葬しなければならないのだ。母が眠り、そして恐らく私も眠ることになるその墓に。

 それに気付いたときの気持ちを率直に言えば、嫌だと思った。私たちを捨てた人間を、墓に入れたくはない。それは父のほうも同じだろう。別の女と逃げたんだから、うちの墓で肩身の狭い思いをするより、別の墓がいいに決まってる。
 とはいっても連絡をした以上、いまさらどうにもならない。私は仕方なく、暗い気分でそれからの数日を過ごしていた。


 面会の前日。
 たどり着いたその場所は、かつて炭鉱でにぎわっていた鉱山都市だった。だが、炭鉱は既に閉鎖され、街自体も過疎が進み活気が失われていた。

 そんな寂れ気味の街に足を踏み入れた私は、宿をとった後、散策をすることにした。
 この散策に特に意味はない。父が行き倒れた町に執着などないし、父の臨終の場所に何の感慨もない。ただ、二度と足を運ばないであろう街で、うまいものでも食おうか、その程度の考えだった。
 寂れた商店街を歩き、のれんを潜る。そうしていると、何となく地域性や特色が見えてくる。街を歩く人々のしぐさや会話などから、そういうものが透けてくるのだ。


「兄ちゃん、どうした」

 気づくと、店のマスターが話しかけてくれていた。私は思っていたことを口にする。

「この街は、男らしい人が多いんだね」

マスターは笑って言う。

「兄ちゃん、はっきり言いな。気性が荒いんだ、ここの男は。昔、鉱山町だった名残なんだけどな」

「そっか」

「ああ、大昔は入れ墨がねえやつぁ馬鹿にされたっていうから、相当悪いやつらが幅ァ聞かせてたんだろうよ」

「……なるほど」

 何で父は、ここに来たんだろう? そんな疑問がよぎったが、酔いも手伝って、すぐにかき消えてしまった。


 翌日。
 役所の担当者と面会し、行旅死亡人が父かもしれないこと、写真を見せてほしいことを告げる。するとまもなく、連絡を受けた別の職員が写真を持ってやってきた。

「…………」

 緊張の一瞬。これを見に来たと言ってもいい。私は万感の思いを込め、写真をひっくり返した。

「……?」

 写真には、間違いなく母が写っていた。だが、その隣にいるもう1人の人間に、私は目をひかれる。
 そこにいるのは、高校の制服を着た男子、紛れもない私だ。

「なんで?」

 思わず声を出してしまう。父が失踪したのは14歳、中2の頃だ。高校時代の私の写真を父が持っているはずがない。首をかしげる私に、職員は伝えてくれる。

「この方、お隣さんと仲が良かったそうですよ」


 数時間後、訪れるとは思っていなかった父の臨終の場所にいた。古びた階段を上がり、かつて父の家だった隣の家の呼び鈴を押す。出てきたのは温厚そうなおじいさん。彼に、父の話を聞かせてほしいと頼み込む。

「ああ、隣の息子さんかい。あがりな」

 茶菓を持ってきたおじいさんは、悔やみの言葉の後、ぽつぽつと語り始めた。

「お隣さん、昔は手がつけられなくてね。ここに来た頃は女の人と一緒だったんだけど、酒飲んで暴れるからすぐいなくなっちまったよ」

 一緒に逃げた女性については、何となく予想がついていた。私はこくんとうなずく。

「で、一人になっちまったんで、前の女の人、恐らくあんたの母さんじゃろ、にわびを入れたんじゃ」

 このことは初耳だ。思わず姿勢を正す。

「でも、断られた。あんたには、鉱山の男の血が入ってる。そんな血はもうたくさんだ。この子はあたしだけで育てる。あんたみたいな男には絶対させないって。ピシャリと言われたらしい。よっぽどこたえたようで、うちでさめざめと泣いとった」

「……父は、ここの出身なのですか?」

「ああ、そう言っとった。ここは昔からガラが悪くて、あの人も若い頃、血の気が多かったようじゃ。でも街を出てから、あんたの母さんと一緒になって、指を失う頃までは真面目だったと自分でも言っておったな。戻ってきたのはおおかた、年を取って郷愁に駆られたんじゃろう」

父はこの地の生まれだったのか。父の乱暴さと、昨日マスターから聞いた気性の荒さという言葉がピッタリと重なる。

「でも、あんたの母さんに断られても、あの人は諦めなかった。近くの工場でまた働き始めたんじゃよ。給料のほとんどを、あんたの母の口座に振り込んでな。酒もギャンブルも止めた、暴力もしない、だから、許してほしい、また一緒に暮らしてほしい、と手紙もせっせと書いて……」

 母の内職程度で私たちが生活できていたのは、もしかしたら、父のおかげだったのだろうか。だが、当時の通帳はもうないし、今となっては調べようもない。

「そこまでされて、あんたの母も情にほだされたんじゃろう。許してもいい証として、息子の成長ぶりも写っている、新しい写真を送ってよこしたんだ」

 そうだったのか。父と母は、あの後、和解していたのか。だから父はあの写真を持っていた。私はさらに話を聞きたくて、おじいさんを見つめる。

「写真を受け取ったときの喜びようといったらなかったよ。今度こそ家族を大切にする、絶対に離しゃしないって、何度も言っていた。でもね……」

「はい?」

「おまえさんも知っとるだろ、お母さん、亡くなっちまったんだよ、正式に和解の返事をする直前に。だから結局、表向きは和解してないことになっちゃった。まあ、わけを話せばあんたと2人で暮らせたかもしれん。だが、あんたはもう独り立ちしていたし、恨まれていることも分かっていた。だから涙をのんであの人は、あんたの前に姿を表さなかったんだ。息子と暮らすのも、妻と同じ墓に入るのも、全てをあきらめて、1人で死んでいく覚悟をしたんだよ」

「…………」

「以降のあの人は、糸の切れたたこのようだった。酒やギャンブルをまた始めたと思えば、きちんとするってすぐやめて。仕事も以前ほど真面目にやらなくなった。でも、暴力はしなかったし、仕事も辞めなかった。妻に先立たれて、息子にも会えなくて、どうにもならない中、それでもあの人はよく頑張ったんだ」

 全てを話し終えたおじいさんはお茶をすする。私は身動きもできぬまま、父の面影を脳裏に思い描いていた。


 それから。
 私は父の遺骨を、私たちの墓に葬ることにした。私はまだ父を完全に許せてはいないが、母との和解という事実が判明した以上、母の隣で眠ってもらうのもいいだろうと考えたから。

「2人とも、現世でいろいろありすぎたようで。少しゆっくりしてください」

 線香の煙の中、私は2人が眠る墓にしばらく手を合わせてから立ち去った。


作品名:父の肖像 作家名:六色塔