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父の肖像

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1.一枚の写真



 何気なく新聞を読んでいたときのこと。
 ちらりと目をやった欄に、たまたまこんなものを見かけた。


 行旅死亡人

 本籍・住所・氏名不詳、60~70歳、男性、167cm、黒ダウンジャケット、紺タートルネック、Gパン、25cmの黒スニーカー、現金8682円、左手薬指欠損、写真1枚。
 令和×年5月8日午後5時30分頃、〇〇市○区野塚1-19市営住宅17棟302号室で発見。

 当区役所生活保護業務課 令和×年11月26日


 年齢、身長、左手指の欠損、そして写真。恐らくこれは、父だろう。記載されているこれらの情報から総合して、そう思った。


 私の父は、絵に描いたような駄目な親父だった。大のギャンブル狂いで、仕事はろくにしない、大酒を呑んでは母や私に手をあげる。いい思い出なんか、一つと言っていいほどないくらいだ。
 そのうえ父は女を作り、最終的に行方をくらましてしまった。確か私が14の頃だったと記憶している。それ以降父の消息は、ぱったりと途絶えていた。


 一方私の母は、私が物心ついたころから病弱だった。いつも青白い肌で、憂いを含んだ表情で、大して金にもならない内職を細々とやり続けていた。
 父が失踪してから、母はますます健康を害して頻繁に床に就くようになった。それでも生活費は稼がなくてはならない。母は病を押して、少額の金を得るために細かい内職を相変わらず続けていた。
 青白い肌、憂いを含んだ表情、それが特定の男性の心をくすぐったのだろうか。そんな母に言い寄る者もいないわけではなかったようだ。だが母はそんな男性たちなど目もくれず、ろくでなしの夫を待ち続けた。あるいはもう男など信用するに値しない、そんな心持ちだったのかもしれない。
 母は私が高校を卒業して仕事にありつくと、枯れ葉が舞い落ちるように儚く世を去ってしまった。私が就職したことで張り詰めていた緊張の糸が、ふっつりと切れてしまったのだろうか。

 私は入社一年目の右も左も分からない時期に、いきなり忌引を取ることを余儀なくされた。さらには慣れない喪主という形で、かなりいろいろとドタバタしなければならなかった。
 無論母にはそのようなことなど、苦労とも思わないくらいに感謝している。体を壊しながらも私を高校まで出してくれたし、父に去られ女手のみの心細い状況でも気丈で、なおかつ優しくしてくれたのだから。
 だが、これからやっと少しはのんびりしてもらえるというときだっただけに、母の死は本当に無念でならない。


 さて、そんな母がかつて愛した父という男は、どういう男だったのだろうか。

 私が物心ついてからは、前述の通り酒とギャンブルに溺れたどうしようもない男だと分かっている。だが母とて、始めからそんな駄目な男と契りを結んだわけではないだろう。きっと、堕落してしまった要因があるはずだ。

 思えば、生前の母から一度だけ聞いたエピソードがある。意外なことに、かつての父はとても仕事熱心な人だったらしい。
 だがあるとき、父は工場で働いている際、プレス機で指を切断してしまった。周りには鮮血が飛び散り、父はそのそばで真っ青な顔をして立ち尽くしていたそうだ。
 幸いけがは左手薬指の第一関節を失った程度で、数カ月後には仕事に復帰できた。だがそのときから、父は酒やギャンブルに手を出し始めたという。
 何も知らぬ私は、一度だけ興味本位で父に欠けた指について尋ねたことがあった。その瞬間父は烈火の如く怒り出し、うわ言のように何か怒鳴りながら殴ってきたのをよく覚えている。

 元来生真面目であったと思われる父は、仕事での失敗を自分でも許すことができなかったんだろう。しかしその失敗は、指の欠損という形で刻印のごとく自らの肉体に残ってしまった。人々が指へ視線を落とすたび、指のことを話題にするたび、父は仕事をしくじったことをまざまざと思い出させられたに違いない。
 結局それが辛くて、彼は酒やギャンブルに逃げるしかなかった。恐らくだがこのようにして、家庭を顧みない怪物が完成してしまったのだろう。


 だがそうだとしても、私は父に同情する気も許す気も一切ない。指を失うほどの事故だったとはいえ、一度の失敗で自分はおろか家族すらも壊してしまうのは、短慮なことのはずだ。母のかわいそうな末路を目の当たりにしているだけに、この思いは生涯変わることはないと思う。

 でも、盗人にも三分の理という言葉がある。そんな父にも思うところはあったのかもしれない、そんな話が一つだけある。

 父が私たちを捨てて出ていったとき、持ち出していったもの。それは、タンス預金をしておいたいくらかの金と、一枚の母の写真だった。
 もしかしたら、失踪者が持ち出すものとしてはありふれているかもしれない。だが父は、女と失踪したことが分かっている。目の前によりいい女がいるのに、捨てていく女の写真を持っていったのだ。良く言えば情が深い、悪く言えば節操がないといったところだろうか。

 この行旅死亡人が本当に父であるのなら、そして父が失踪後も母のことを片時も忘れていなかったのなら、死の際に所持していたこの1枚の写真には、亡き母が写し出されているはず。それを確かめるため、これからこの行旅死亡人の担当者と連絡を取ろうと思う。

 父と母が共に亡くなった後、トランプのカードのように伏せられたこの最後の写真。その内容を見届けるべく、息子の私はスマホを手に取った。


作品名:父の肖像 作家名:六色塔