はなもあらしも ~美弦編~
「こいつの事は君は相手にしないでいいから」
「あ……うん」
囁き声でそう言うと、美弦は再び正面を見据えて歩きだす。
耳元をくすぐった美弦の声の残響が、変に胸を締め付けた。もしかして雪人に言われた事を気にしている事に気付いて、それでフォローしてくれたのかな? そんな風に感じて、ともえは少しだけ美弦へ心を許した。
日輪家に勝るとも劣らない笠原家の庭を通り過ぎ、こちらも大きな弓道場が見えて来てともえは感心した。
「わあ、立派な道場ですねえ」
「当然でしょう? 我が笠原流は由緒正しい弓道の伝統を受け継ぐ道場なんです。どこかの緩い道場と一緒にしないで頂きたい」
呆れたように言った雪人に、ともえがつい声を上げる。
「どこかってどこですか!? さっきからあなた失礼じゃないですか!」
「おや、僕はどこかの緩い道場と言っただけで、日輪道場の事だなどと一言も言っていませんが?」
「むっ!」
「無駄口はそこまでにしましょうか。笠原師範が入り口におみえです」
顔を突き合わせて睨み合うともえと雪人に、ぴしゃりと言い放つと美弦はより一層姿勢を正す。それを見てともえも慌てて背筋をぐっと伸ばして、笠原限流なる人物にお辞儀をした。
「はじめまして、那須ともえと申します!」
「御無沙汰を致しておりました、弓槻美弦です。今日は日輪道場の代表として、二人でご挨拶に伺いました」
笠原限流は立派なひげを蓄えた厳つい顔の人物で、幸之助より小柄ながら威圧感は凄かった。挨拶をする二人にゆっくりと頷くと、
「良く来た。我が道場の代表を紹介しよう、こちらへ来なさい」
そう言って道場へと消えて行った。
ともえと美弦は顔を見合わせ、それに従う。雪人はさっさと限流についていなくなっている。
「美弦の言った通り、厳しそうな方……」
少し肩の力を抜いてともえが言う。美弦は草履を脱ぎながら少し緊張した表情で答えた。
「そうだね。でも僕達は日輪の代表だから。胸を張っていこう」
「うん」
作品名:はなもあらしも ~美弦編~ 作家名:有馬音文