はなもあらしも ~美弦編~
「こ、こんにちは! 日輪道場から参りました」
「雪人さんお久しぶりです。笠原師範はいらっしゃいますか? 今度の試合、日輪道場の代表として僕達が決まりましたので、ご挨拶に参りました」
ジロリとともえと美弦を睨むと、細面に釣り目という冷たい印象の雪人とよばれた青年が口を開く。
「こんにちは、弓槻くん。君が代表とは少しばかり意外だね。僕はてっきり真弓さんかと思っていたよ」
「真弓兄さまもご快諾のことです」
雪人の嫌味にいささかムッとしながらも、美弦は平静を装って答えた。
「君の真弓さんへの熱狂ぶりは相変わらずみたいだね」
「あなたには関係のない事でしょう」
今度はあからさまに美弦は不機嫌な声を出した。それは全ての存在を遮断するかのような、怒りを内包した声だった。美弦の容姿そのものからは想像もつかない程のどす黒い雰囲気に雪人は思わず口をつぐんだ。
そんな雪人に一瞥をくれてやると、美弦はともえを紹介した。
「彼女は那須ともえと言います。安芸の那須道場から修行に来ていて、今回の代表となりました」
「那須……ああ、師範と昔一緒に修行をしていた方の」
美弦の言葉を受けて雪人はこれ幸いとばかりに、美弦からともえへと視線を移した。そうして今度はともえの姿を一通り眺めると、門の戸を広く開けた。
それを合図に今まで二人のやりとりを息をのんで見守っていたともえは、ことさら元気に声をはりあげた。
「初めまして、那須ともえです! よろしくお願いします!」
「氷江雪人(ひのえゆきと)です。そうですか、まあ、日輪道場の女性は熱心ではないですからね。期待はしていませんが」
美弦の方にはあまり視線をよこさずにそう言った雪人に、ともえは露骨に嫌な顔をしてしまった。
先ほどからの雪人の感じの悪さに、内心苛立ちすら覚えていたのだ。
ため息まじりにともえは、さっさと歩き出した雪人に目を丸くさせた。雪人について行く美弦はというと、相変わらずの不遜な顔をしている。
しばらく歩いていると、ふいに美弦がともえに身を寄せその耳元に口を近づけた。
作品名:はなもあらしも ~美弦編~ 作家名:有馬音文