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はなもあらしも ~美弦編~

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 * * *

「おい、ともえ」

 道場を出るといきなりそう名前を呼ばれた。ともえは一瞬それが目の前の可愛らしい少年から吐かれたものだとは思えずに、ぼうっと聞き逃してしまった。

「おい、しっかりしろよ、ともえ」

 間違いなく、目の前の美少年――美弦から発せられている粗暴な言葉たち。‘ともえ’と呼び捨てにされた事に、ともえは思わず面喰った。

「え?」
「なに? 僕がいつまでも‘ともえさん’って呼ぶとでも思ってたの?」
「えっ、なに?」

 美弦の急な変貌ぶりに脳みそが追い付かない。

「僕が心底敬愛するのは真弓兄さまだけだから。ともえの事は尊敬してないし、愛してないもん。だからともえはともえ。納得してくれた?」
「……なるほど。という事はやっぱりあの時の声は空耳じゃ無かったんだ」

 これが美弦の本性だと分かったと同時に、脳裏に昨日聞いたあの声がよぎる。

「あの時?」

 そらとぼけてみせた美弦の目を見つめたまま、ともえは確信に満ちた声で言葉を続けた。

「初めて会った時、私の事‘男女’とかって言ったでしょ」
「お、耳はいいんだねー」
「美弦、あんたって――」
「ていうか僕の事を呼び捨てにしないでくれる? ともえごときに呼び捨てにされたくないんだけど」

 文句を言ってやろうとしたともえを遮って、自分の主張だけを言う美弦に、しかしともえはもう負けなかった。

「私は美弦の事を尊敬もしてないし、愛してもいないもの。だから美弦。そうでしょ?」
「チッ」

 小さく舌打ちすると美弦は面白くなさそうに目をそらした。

「ところで、美弦は笠原道場の人達の事を知ってるの?」

 美弦を言いくるめる事に成功したともえは、昨日からの溜飲を下げて話題を変えた。

「小さい頃は交流も多かったから、多少は知ってるよ。流派は違うけど、交流試合なんかもよくしてたしね」
「へえ……じゃあ、向こうの師範笠原限流ってどういう方なの?」
「……厳しいけど弓道には真剣に取り組んでる師範だと思う。でも少し頑固すぎるから、幸之助さまとはよくぶつかってるみたい。古いんだよね、考え方が――と、見えてきた。ほら、あそこが笠原道場だよ」

 ふいに話を区切った美弦の視線の先には、日輪道場と同じ位大きくて立派な門が見えている。ともえは目を大きくさせて頬を強ばらせた。

「お、大きい道場ね」

 そんなともえの様子に美弦が笑う。

「緊張しているの? 大丈夫、僕たち日輪のものが怖気づく事なんてないんだから」
「う……うんっ!」

 緊張に体を強張らせたともえを、少しだけ意地悪そうに口の端を上げながら見つめた後、美弦は一つトーンを落とした声を空気に乗せた。

「ふふっ、でもね。ここには結構キツい門下生も多いから。のんびり構えてると、挫かれるよ?」
「挫かれる……って」

 緊張から恐怖へと感情が移行しそうになったその時、丁度門の前に到着した二人は、拳を握って重そうな門を叩いた。
 しばらくするとゆっくりと門が開き、顔を覗かせた青年にともえはすかさず会釈した。