はなもあらしも ~美弦編~
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大きな演劇場で見る寄席は、田舎の神社で見た寄席とは比べ物にならない程面白かった。
噺家の腕前もあるのだろうが、音楽などもあって華やかで、ずらりと並べてつり下げられた提灯が煌煌と灯り、美しくもあった。
帰り道、ともえが夜空を見上げて先ほどの演目の話しに花を咲かせていると、美弦が急に立ち止まった。
「美弦?」
美弦はずっと足を怪我しているともえの手を取ってくれていたので、美弦が止まると自然とともえも止まることになる。
隣りを見上げると、美弦は一瞬悲しそうにともえを見つめた。
その表情にまたともえは胸が鳴る。
「ともえ……あの、さ。足を怪我して苛立つ気持ちは良く分かる。僕だってともえの立場だったらきっとそうなる。でも練習だってまだ一日中出来る訳じゃない。完治してるわけじゃないんだからな。でも試合まではあと一週間近くあるんだよ?」
美弦は全部見抜いていたのだ。
ともえの不安も、焦りも、苛立ちも……。
「僕は、さ……正直に言うと弓道の未来とかそういうのは分からない。ずっと真弓兄さまに憧れて、真弓兄さまの近くに立ちたい一心でやってきただけだったから。だから笠原が真弓兄さまのいる日輪を侮辱するなら許さないって思ってた」
「美弦―――」
「でもね、なんか最近ちょっとそれも違うのかなって思ってる。がむしゃらになるってさ、どこかちょっと厳しくなったり冷たくなったりしちゃいがちなのかも――って。僕にとって完璧に見える真弓兄さまだって、きっと完璧なんかじゃないんだなって。でもそれでいいんだって」
そこまで言うと美弦は一度言葉を切った。そして次の瞬間けらけらと笑いだした。
「なーんか、全然完璧じゃないのに頑張ってるともえ見てたらさ、色々考えちゃったんだよ。僕らしくもない」
「どういう意味よ!」
「素直でいいっていう意味さ」
そう言うと美弦はともえの手を握った手に力をこめた。
「これからますます時代が変わっていくんだろうね。弓道だけじゃなくて、きっと、もっと―――」
遠くに視線を馳せてそう言う美弦。その表情は少しだけ、いつもより大人びて見えた。ともえは胸の奥で何かがはじけるような心地がした。
「でもま、とりあえずは目の前の事を考えなくちゃね。ともえ、今は焦らずに怪我を治すことだけを考えろよ」
「うん、有難う。美弦」
強く握られた美弦の手は暖かくて、ともえは目をつぶってその感触をしっかりと心に焼き付けた。
作品名:はなもあらしも ~美弦編~ 作家名:有馬音文