はなもあらしも ~美弦編~
* * *
「まさかこんな所であの二人に会うなんてね〜」
橘も氷江もすっかり見えなくなり席に着くと、美弦はさも可笑しそうに笑った。
「本当に腹の立つ人たち! 人の事肥だめとか馬小屋とか! あんなの」
怒るともえは、次の瞬間心臓が止まりそうな程驚いた。
何故なら美弦が急にともえの腕を引き、その肩へと顔を沈めたからだ。
「なっ、なっ、みっ、みつっ!?」
急な美弦の大接近に心底驚き、言葉が上手く出てこない。
そんなともえとは対照的に、美弦は落ち着き払った風でふと離れると、にっと不敵に微笑む。
「いい匂いじゃん。洗髪は何使ってるの?」
「え? え? えーっ?」
「僕も同じの使おうと思って」
そうやって軽く言ってのける美弦に対し、ともえの胸は高鳴りっぱなしだった。そう、さっきまでの怒りが嘘のように。美弦なりにともえを気遣ってくれたのだろう。
ドキンドキンという激しい鼓動の奥底では、またそれとは違う温かな思いがともえの中を流れている。
私……やっぱり―――
「んー……氷江と橘は知らなかったか……」
ともえが思いに耽りそうになっていると、隣で美弦がぼそりと呟いた。その表情は真剣で何やら考え込んでいるようだ。じっとその横顔を見ていると、
「お、始まるみたいだ」
いつもの愛らしくも悪戯っぽい笑顔に戻り舞台を指差した。
「わぁっ、楽しみ!」
ともえを襲った暴漢が笠原道場の門下生であろうと美弦も考えていたらしく、氷江と橘にかまをかけたのだが本当に知らないようだった。となると、犯行は直接襲った人物が独断で動いたのだろう。
やめよう。考えても仕方ない―――ともえは頭を小さく振ると、今度こそ舞台に集中した。
作品名:はなもあらしも ~美弦編~ 作家名:有馬音文