はなもあらしも ~美弦編~
「あ、真弓兄さま」
ふいに美弦がそう言って、すっくと立ちあがった。
美弦の視線の先を追うと、真弓が廊下の向こうからこちらへと向かって来ているところだった。慌ててともえと美琴も立ちあがる。
「おや、みんなでお昼かい?」
「はいっ! 良かったら真弓兄さまもご一緒にどうですか?」
「美琴ちゃんの手料理は是非とも頂きたいんだけどね、僕はこれから大学の方へ行かなければならないから」
「えーっ!? 真弓さんって大学生だったんですか!?」
「なんだよ、ともえ。お前そんな事も知らなかったのか?」
「ははっ、ともえちゃんはまだ来たばかりだし、僕も特に話題にしてなかったからね。別にうちは名のある氏族ではないけど、学制が公布されたこともあって一応勉強もしておこうかと思ってね」
明治の初期であるこの時代、大学で学びたいと思う人は増えて行っていた。しかし、まさにこの真弓が学力の高い人間ばかりが通う大学生と聞き、ともえはますます彼を尊敬した。
「そういうわけで、僕は出かけてくるから。美琴ちゃん、また今度ご一緒させてもらってもいいかな?」
「あっ、はい! もちろんです……!」
そう言うと美琴は小さく頷いた。その様子をちらりとともえが伺うと、美琴の頬が朱色に染まっている事に気が付いた。
美琴は真弓を好いている――――直観的にそう感じると、ともえは美琴の助けになりたい、と純粋に思った。
「ぜひご一緒して下さい! 私もう美琴ちゃんの料理の大ファンになっちゃいました!」
「ははは、本当にともえちゃんは元気だね」
「真弓兄さまがお勉強を頑張っている間、僕とともえさんも弓を頑張ります!」
「ああ、美弦。よろしく頼んだよ。それじゃあ、失礼するね」
そう言って微笑むと、真弓は正門へと向かって行った。その姿を見送ると、美弦は呆れたような視線をともええと向けた。
「おい、ともえ」
真弓がいなくなった途端、再び‘ともえさん’ではなく‘ともえ’と呼んだ美弦はどこか不機嫌そうだった。
「なによ?」
「お前さー、美琴の料理が上手い! って言ってるだけじゃなくて、お前も料理ぐらい出来る方になった方がいいぞ。女なんだからな、一応」
「むっ」
「もうっ、美弦ったら! ごめんね、ともえちゃん。美弦ってこういう所があるから……ともえちゃんは忙しいんだから、しょうがないのに……」
「美琴ちゃんが謝る事じゃないよ! ふーんだっ、私は美味しく食べる係でいいもんっ! さ、いっぱい食べて午後からもまた練習頑張るぞー!」
「やれやれ」
美弦のため息を聞き流しながら、おにぎりを美味しそうに頬張ったともえだったが、心のどこかが僅かにきりっと痛むのを感じた。
――――やっぱり、美琴ちゃんみたいな完璧な子が近くにいたら、誰だって惹かれるよね。
そんな痛みに目をそむけるように、ともえは弓へと視線を向けた。
作品名:はなもあらしも ~美弦編~ 作家名:有馬音文