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はなもあらしも 道真編

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 道真の言葉通り、休憩が開けてからの氷江の調子が途端に悪くなった。
 ほんのちょっとした事でこんなにも風向きが変わってしまうものなのか。ともえは矢を外してしまった氷江が悔しそうに肩を震わせる後ろ姿を見つめ、口を堅く結んだ。

「次は俺の番だな」

 そう言って道真はまだショックを受けている氷江の隣りに立ち、見事な矢を放った。
 遠く離れた的に力強く刺さったその矢は、日輪道場の勝利を意味した。
 場内がざわつく。

「お前達、静かにしろ!!」

 笠原限流の一喝に、一瞬で道場内は静まり返る。全員の前に立った限流を、皆が注視する。幸之助も立ち上がり、前へと出てきた。

「幸之助。お前に詫びなければならない事がある」

 そう言って限流が視線を動かすと、人だかりの奥から二人の男が姿を現した。

「申し訳ありませんでした!」
「そんなに酷い怪我をさせるつもりはなかったんです!!」

 言うが早いかともえに向かって土下座をする二人の顔に、ともえは見覚えがあった。弓具店からの帰りに襲った男だ。 

「あっ」
「これは一体どういう事だ?」

 幸之助が不思議そうに二人の男と限流を見比べると、限流が頭を下げた。

「先ほどの休憩時、橘からそちらの娘さんの足の怪我の事を聞いた。その時、この二人の様子がおかしかったので問いただすと、どうやら試合を放棄させるよう、襲って戦意を削ごうとしたと言う……」
「すみません、すみません……」

 何度も男達は地面に頭をこすりつけながら謝罪をしている。
 幸之助はそれを受けて、ともえの方を振り返った。

「―――そうだったのか……」
「幸之助……試合はお前達の勝ちだ。私は伝統を重んじることにばかり気を取られ、弟子達の心の教育を怠ってしまっていたようだ」

 その重みのある言葉に、誰もが俯く。

「闇討ちで足を怪我させるなど、武道家として絶対にやってはいけない事。二人にはしかるべき罰を与える」
「申し訳ありませんでした―――」

 どこからともなく、すすり泣く声が漏れ聞こえ、笠原道場の門下生達は膝を折って肩を震わせた。そんな中、幸之助が言った。

「……なあ、限流。確かに我らは流派が違う。だが、だからといっていがみ合う必要はないと思うのだ。時代は変わった。武芸で録をもらう時代は終わったんだ……我々が弓道界の為に出来る事を模索して行かなくてはいけないのではないだろうか?」

 ともえは息を飲んで限流の答えを待った。

「どうして私はお前の言葉を素直に聞けなかったのだろうな……伝統を重んじる心は大切だが、それ一辺倒ではいけないと、何故、ここにいる皆の涙を見るまで気付かなかったのだろうか」

 まるで物語を話すように語る限流に、誰もが意識を傾けていた。

「幸之助、これからは新しい時代と共に、我ら弓道家も歩もう」
「限流……」

 落ち着きを取り戻した場内から、自然と拍手が沸き起こった。

「素晴らしい試合でした!」
「ありがとうございました!!」

 驚いてともえと道真は顔を見合った。
 突然すうっと差し出された手に、ともえが目を見張る。

「那須ともえさん……もう、田舎道場の娘などではありませんわ。私は橘雛菊。また、試合をして頂けますかしら?」
「はいっ! もちろん!」

 二人の握手に、さらに拍手が大きくなる。
 やっと終わったのだ。