はなもあらしも 道真編
「えっと……那須――ともえ? 安芸の那須道場から修行に来てる」
「那須……ああ、師範と昔一緒に修行をしていた方の」
「ちょっと、どうして私の名前が疑問系になってるのよ」
ともえがジロリと睨むと、道真がため息を吐く。
「人の名前覚えんの苦手なんだよ、自分で自己紹介しろ」
「初めまして、那須ともえです! よろしくお願いします!」
「氷江雪人(ひのえゆきと)です。そうですか、まあ、日輪道場の女性は熱心ではないですからね。期待はしていませんが」
そう言って今度はともえの姿を一通り眺めると、門の戸を広く開けた。
ともえはため息まじりに自己紹介をして歩き出した雪人に目を丸くさせた。先ほど道真が言っていたのはこういう事だったのだ。なんとも人を寄せ付けないというか、見下した物言いに腹が立つ。
納得しながらしばらく歩いていると、ふいに道真がともえに聞こえる位の小声で言った。
「次は多分もっと強烈なのが出て来るぞ。切れるなよ」
「え? ……う、うん」
何だかんだと道真はともえの質問にも答えてくれるし、ただ単に嫌われているのではないらしい事が分かってほっとした。これなら試合までの修行も、なんとかやって行けそうだ。
悪人だなんて思って悪かったな。などと、初対面の時の事を反省する。
そして日輪家に勝るとも劣らない笠原家の庭を通り過ぎ、こちらも大きな弓道場が見えて来てともえは感心した。
「わあ、立派な道場ですねえ」
「当然でしょう? 我が笠原流は由緒正しい弓道の伝統を受け継ぐ道場なんです。どこかの緩い道場と一緒にしないで頂きたい」
呆れたように言った雪人に、ともえがつい声を上げる。
「どこかってどこですか!? さっきからあなた失礼じゃないですか!」
「おや、僕はどこかの緩い道場と言っただけで、日輪道場の事だなどと一言も言っていませんが?」
「むっ!」
「おい雪人、笠原師範が入り口に見えてるぞ」
雪人と顔を突き合わせて睨み合うと、道真がともえの体を引いてそう言った。
そしてともえの耳に顔を近づける。
「だから、余計な事言うなって」
「だって!」
「ほら、挨拶する」
道真に促され、ともえは慌てて居住まいを正して笠原限流なる人物に深く頭を下げる。
「はじめまして、那須ともえと申します!」
「ご無沙汰してます、限流師範。今日は日輪道場の代表として挨拶に伺いました」
笠原限流は立派なひげを蓄えた厳つい顔の人物で、幸之助より小柄ながら威圧感は凄かった。挨拶をする二人にゆっくりと頷くと、
「良く来た。我が道場の代表を紹介しよう、こちらへ来なさい」
そう言って道場へと消えて行った。
ともえと道真は顔を見合わせそれに従う。雪人はというと、さっさと限流についていなくなっている。
「はあ。厳しそうな方……」
作品名:はなもあらしも 道真編 作家名:有馬音文