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はなもあらしも 道真編

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 * * *

 大きな演劇場で見る寄席は、田舎の神社で見た寄席とは比べ物にならない程面白かった。
 噺家の腕前もあるのだろうが、音楽などもあって華やかで、ずらりと並べてつり下げられた提灯が煌煌と灯り、美しくもあった。
 帰り道、ともえが夜空を見上げて先ほどの演目の話しに花を咲かせていると、道真が急に立ち止まった。

「道真君? どうしたの?」

 しばらく無言だった道真は、自分の腕を掴んでいたともえの手をずらしてその手の中に握った。
 思った以上に大きい道真の手のひらにドキリとし、ともえの体が少し強ばる。

「試合まで十日ほどしかない。時間がない上にお前は足もまだ完治していない……焦る気持ちは分かる」

 ともえははっとした。
 道真は全部見抜いていたのだ。
 ともえの不安も、焦りも、苛立ちも……。

「前に俺も怪我をした事があるって言ったろ?」
「うん」
「自分が情けなくて、しかも周りの連中に置いて行かれるみたいで、なんか辛かったんだ。だから、お前の気持ちが分かるんだよ」

 少し強く握った道真の手を握り返すと、それを合図にするように道真はゆっくりと歩き出した。

「弓道だけじゃない。勉強にしたって他の武術にしたって、ここまでやって終わりっていうのは無い。父上の理想と限流師範の理想は違うかもしれないけど、どちらも弓道を後世に残しつづけたいって気持ちは同じなはずなんだ……俺は父上や真弓兄さんみたいに真面目に弓道界のこれからについてあれこれ考えてる訳じゃないが、それでも二人のやろうとしている事には賛成してる。二人とも俺の尊敬する人だし、力になりたい」

 静かに語られる道真の話しを、ともえはゆっくりと噛み砕きながら理解して行く。自分自身も弓道界の先の事など分からないが、日輪道場の為に力になりたいと言った言葉は本心だし、今は何よりも道真の力になりたい。そう思っている。

「私も力になりたい」

 無意識のうちについた言葉に、道真は微かに笑った。

「それじゃあ焦るな。心を乱すな。そして、俺を信じろ」

 力強いその言葉に、ともえは頷く。
 道真はともえの事を心配してくれているのだ。信じよう。道真の事を。
 急に繋いだ手の感触が優しく変わり、ともえは戸惑う。

 そうだ、私、初めて道真君が笑った顔を見た―――

 もう一度その顔を確かめようとしたが、もう既にいつもの無表情に戻っていた。
 何度でも笑ってもらえるように、出来る限りの事をしよう。