はなもあらしも 道真編
第四話 罠
「ともえさん、ちょっと」
「はい」
夕方、道場での練習を終えて片付けをしていたともえに、幸之助が声を掛けて来た。手を止めて座り直すと、ともえは幸之助を正面に見て背筋を伸ばす。
「ちょっとこれからお使いを頼まれてくれないか?」
「はい、喜んで。どちらへ行けばいいですか?」
東京へ出て来て約2週間。少しずつこの街にも慣れ始めた頃で、ともえは東京の街をすこぶる気に入っていた。一人でお使いも行ける位に地理も随分覚えて来た。
「橋を渡った通りに、弓具店があるんだが、そちらで弦と矢尻をもらって来て欲しいんだ。その分はもう代金も支払ってあるから、受け取るだけでいい。もし、ともえさんも欲しい物があったら一緒にもらって来なさい」
「分かりました、ありがとうございます! 行って参ります!」
* * *
袴を着替えて日輪家を出た所で、ともえは妙な気配を背後に感じた。
何? この心苦しい視線は……
思い切って振り返ると、門の前に道真が立っていた。
「あれ、道真くん。どうしたの?」
「お前弓具店に行くんだろ? 俺も買うものがある」
「ふうん、そうなんだ。あ、じゃあついでに買って来ようか?」
親切に言ったつもりだったのだが、何故か道真は顔をしかめた。何か気に触る事でも言ったのだろうかとともえが一瞬言葉を詰まらせると、道真はふいっとそっぽを向いてお金を渡した。
「じゃあ頼む。俺の名前でいつもの矢って言えば分かるから」
「了解……」
落とすようにともえの手にお金を渡すと、道真はさっさと門の中へと戻って行った。
ともえは道真から受け取ったお金を袂に入れ、教えてもらった道順を心の中で復唱しながら歩き出した。
廃藩置県が発布され、学制も広がり日本は大きく様変わりをした。弓道のような武芸は、もはや国を守る為の戦の糧となる時代ではなくなったのだ。
幸之助と笠原限流が意見の食い違いを見せるのも詮無い事かもしれない……
そんな事を考え橋を渡ってしばし歩くと、目当ての弓具店が見えて来た。
この弓具店も立派な店構えをしている。
作品名:はなもあらしも 道真編 作家名:有馬音文