Journeyman part-3
3.大詰め
第16週、ここまでバイウィークを挟んで15戦を戦ったサンダース。
戦績は9勝6敗、リックが負傷離脱した試合は前半の大量リードのおかげで何とか逃げ切り5勝4敗としたサンダースだったが、ティムはそこからの6試合を4勝2敗で乗り切った、新人クォーターバックとしては文句のつけようがない出来だ。
そしてプレイオフ進出の望みもまだ絶たれていない。
NFC西地区の優勝はここまで14勝1敗のシアトル・シーガルズで確定しているが、サンダースにもワイルドカードによるプレイオフ進出の可能性が残されているのだ。
プレイオフ進出に向けて、まず求められるのが最終戦に勝ってシーズン成績を10勝6敗とすること。
対戦相手は同地区内で同じく9勝6敗のロスアンゼルス・エリーズ、地区2位の位置を確保するには勝利もしくは引き分けが絶対条件になる。
だがそれだけでは充分ではない、各地区2位のチームで現在勝率トップなのが北地区のシカゴ・グリズリーズ、成績はここまで11勝4敗、地区優勝してもおかしくない好成績で既にワイルドカードでのプレイオフ進出を決めている、そして2つめのワイルドカードに最も近いのがダラス・レンジャースの10勝5敗。
サンダースはシーズン中レンジャースに勝利しているので、10勝6敗で並んだ場合はサンダーズが2つ目のワイルドカードを得られる、ただしレンジャースが勝つか引き分けるかした場合は勝率で及ばない。
レンジャースの結果次第と言っても、最終戦に勝たなければ可能性はない、サンダースの面々はまなじりを決して敵地ロスアンゼルスに乗り込んだ。
エリーズには今シーズンホームでの対戦で接戦の末勝利しているが、その試合では相手守備のキーマンでありディフェンスキャプテンのミドルラインバッカー、ワトキンスが脳震盪プロトコルのために欠場していた。
NFLでは選手の健康確保のためにドクターから脳震盪と診断されると次週の試合には出場できないルールがある、ワトキンスを欠いたエリーズディフェンスにはサンダースの誇るラン攻撃が有効でボールと時間をコントロールしたサンダースはスコアこそ20-14と接戦ながら、リックらしい堅実な試合運びで勝利をものにした。
だが元々エリーズは強力ディフェンスを誇るチーム、ワトキンスが出場するこの試合は前回のようには行かないことはわかっている、ただし、この試合では進境著しいティムが先発、サンダースオフェンスはより多彩な攻撃力を得ている。
ただ、NFLではアウェイチームは一つのハンデを背負うことになる、12人目のディフェンスとも言われるファンの存在だ。
フットボールではクォーターバックが相手ディフェンスの隊形を見て、プレーを変えたり選手の位置を修正したりすることがままあるのだが、スタジアムを埋めたファンは相手の攻撃の際、大きな声を上げてその指示を伝えにくくする、最も『うるさい』スタジアムとされたカンサスシティでは飛行機のジェットエンジンにも匹敵する大音量を記録するほどだ。
エリーズの本拠地は屋根つきで収容人員も7万人と多く、カンサスシティに次いで2番目に『うるさい』スタジアムだと言われている、下馬評ではエリーズ有利とされているのも頷ける。
だが、もちろんサンダースに負ける気など微塵もない、必ず勝ってプレーオフに望みを繋ぐんだと言う気迫に満ちていた。
もっともプレーオフ進出に燃えているのはエリーズも同じ、いずれにせよ接戦、激戦になることが予想された。
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エリーズのディフェンスはここまでリーグ最少失点、喪失ヤード数を見ると特にランに対して一試合平均82ヤードと圧倒的な数字を残している。
リーグ最高と評されるディフェンスタックル・スミスを擁する強力ラインが相手オフェンスラインを押し込み、ワトキンス率いるラインバッカー陣が嗅覚鋭くボールキャリアに襲い掛かる、いかに優れたランナーと言えども思う様には知らせては貰えない。
パスに対しても一試合平均200ヤードを切るリーグで3番目に少ない喪失ヤードを誇り、インターセプト数も最多を誇るが、ビルはディフェンスバック陣はそこまで優秀ではないと見ている、強力なライン、ラインバッカー陣がパッサーに対して常に圧力をかけられるのでアグレッシブに守れるのが強みになっていると分析しているのだ。
一方でオフェンスは安定していない、ここ数年クォーターバックを固定できておらず、多彩なランニングバック陣を擁してはいるが絶対的エースは見当たらない。
エリーズの戦力とサンダースの戦力を考え合わせれば自ずとゲームプランは導かれる。
ティムのモバイル性を最大限に生かし、短いパスを繋げて行くと言うものだ。
だがそれは相手も当然予想できるプラン、勝利のためには相手を混乱させられる『何か』が欲しい……サンダース・オフェンスはその準備を進めて来た。
一方ディフェンスは相手オフェンスの分析を基に微調整するだけ、むしろハウアー、グレイ、ウッズらベテラン勢の蓄積疲労が心配材料となるが、3人とも思いの他体調が良い。
それには日本をホームにするサンダースならではの秘策があった。
それは『温泉』
東京スタジアムがある調布市周辺にはいくつかの温泉施設がある、飛鳥の提案でベテラン勢は温泉で疲労回復していたのだ。
とりわけ皆が気に入っていたのは隣町の小高い丘にある温泉施設、そこでゆっくりと湯につかってこわばった筋肉をほぐし、併設されている中華レストランでバランスが良く旨い食事をとりながら、ゆったりした時間を過ごしてリフレッシュを図っていたのだ。
ロスアンゼルスのホテルでも各々バスタブに湯を張り、日本式の入浴を楽しんでいた。
こればかりはジムやビルも知らない、ベテラン勢が元気な秘密だ。
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ロースコアの展開が予想されるゲームだったが、予想に違わず前半は9-7とサンダースリードで終わった。
サンダースの得点はフィールドゴール3本、ゲームプラン通りに早いタイミングで短いパスを通して前進するものの、相手陣内20ヤードに入ると中々前進できなかったのだ。
相手陣内20ヤードの内側は『レッドゾーン』と呼ばれる。
そこまで進めればフィールドゴールで得点できる可能性は高い、正確なキックを身上とする飛鳥を擁するサンダースであれば、スナップミス、ホールドミスがない限り100%に近い。
だが守る側からすれば、守るべきエリアが狭く済むことになる。
後方に広いエリアがあれば一発タッチダウンに繋がるミスは避けなければならないが、エンドゾーンまで20ヤードしかないとなればかなり思い切ったプレーも出来るのだ。
それをこじ開けてタッチダウンを奪えるかどうか、そこはオフェンスの見せどころであり、サンダースも平均以上にレッドゾーン内からのタッチダウンを挙げているのだが、エリーズの強力ディフェンス相手だとそう簡単にこじ開けられない。
作品名:Journeyman part-3 作家名:ST