はなもあらしも
「ともえさんはいつまで日輪道場にいらっしゃるご予定ですか?」
先ほどから顔が綻びっぱなしのともえに、美琴が尋ねる。
「決めていません。父に自分が納得出来るまで帰ってくるなと言われているんで」
「厳しいお父様なんですね」
「あはは、そうでもないですよ」
「あ、見えてきました。ともえさん。あそこが日輪道場です」
美琴が指差す先に目をやると、ともえは目を見開いた。
「……う、そ。道場って、あれが? ―――なんかえらく大きく、ないですか?」
「はい。東京でも一、二を争うくらいお弟子さんがいらっしゃる道場ですから」
巨大な門はまるで城門のように強健な造りをしていて、ともえはごくりとつばを飲み込んだ。
「それでは私はこれで失礼致します。またすぐにお会い出来ると思います。頑張ってくださいね」
「あのっ! 本当にありがとうございました! 今度お礼させてくださいねっ!」
笑顔で去ってゆく美琴にともえが手を振ると、嬉しそうに頷いて手を振り返してくれた。曲がり角の向こうに消えるまで美琴の姿を見送り、改めて分厚い門と対峙する。
これからここで修行をするのだ。
ぐっと体に力を込め、ともえは東京へ出てくる事となった経緯を思い出した。
田舎とはいえ、武芸を志す者が多く集まる安芸は三原にあって、多くの名手を排出してきた那須道場の一人娘であるともえは、ある日父に呼ばれた。
ここ最近あまり体調が芳しくない父親は、見合いよりも己の技術を磨く事ばかりに専念するともえを見かね、昔自分が修行をした東京の日輪道場を紹介してくれた。
男子に恵まれなかった那須家だが、ともえが東京の有名な道場で腕を磨いて名を上げれば、武士武芸の必要無い国になった日本でも、これから先弟子が集まるだろうと考えての東京武者修行。と、父からは言われていた。
だが実際ともえが知らぬ所で、実は結婚相手を探すという名目が出来上がっていたのだ。
日輪家には男子ばかりの三人兄弟がおり、さらには親戚も含めて男だらけだ。女で日輪家にいるのは妻だけという、見事なまでの男系家庭なのである。婿探しには持って来いと、ともえの父は裏で画策した。
もしともえに婿探しの為などと言ったなら、間違いなく東京へなど行かなかっただろう。
そこはさすが父親。と言った所か。上手く修行と言葉を変え、東京へと送り出した。もちろん納得出来るまで帰ってくるな。という言葉の裏には、婿を見つけるまで帰ってこさせない。という強い暗示が込められている。
知らぬは本人ばかりなりではあるが、かくしてともえの東京行きが決定したのであった。
「こんな所で臆病になってどうするのよ、せっかく父上が東京に行かせてくれたのに、しっかりしろ! 那須ともえっ!!」
パンっ!
と両手で顔を気合い一発叩く。
何度見ても門の大きさも重厚さも変わらないのだ。ともえは意を決して門を叩いた。
「たのもーーー!!!」