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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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「さよならを言うために」6~9話(完結)

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それから、少しずつユリの様子が変わっていった。だんだんと言葉遣いが乱暴になって、時には僕を引っぱたいた。こう言ってもここまでを読んでいる人からしたら「信じられない」と言うのかもしれないが、残念ながら本当だ。ユリを支えてやれなかったことへの報いとして、ユリが用意したものがそれだったんだと思う。

ユリは時折、「あんたなんて何にも分かってないくせに、知ったかぶった話してんじゃないの」と言って、僕の話を遮ったり、「ばーか」と言って僕を叩いたり、僕の髪を強く引っ張ったりした。

僕は初めのうちはそれを甘んじて受けた。なぜと言われて、僕はユリが求めるものを彼女にまったく渡せていない罪悪感に悩まされていたから、少しならちょうどよかったのだ。もちろんそれがだんだんと高潮して、僕は傷つけられるだけになることは分かっていたけど、我慢出来なくなるまでは僕は一緒に居たかった。






その日、僕はユリと一緒にラーメン屋に出かけて行った。そこは僕の最寄り駅から一駅離れた駅前にあるラーメン屋で、「美味しいらしいんだ」と前に話した時、ユリが「じゃあ今度行きたいね」と言った店だった。その時のユリは優しい目で僕を見つめて、僕を信じていくれていた。でも、ユリをそこに連れて行く頃には二人の関係が変わってしまっているなんて、僕は考えていなかった。

「ラーメンかあ~、久しぶりだな~」

ユリは間延びした口調でそう言って、行列の間に立っている。行列があまりに長かったので、“疲れさせてしまっていないだろうか?”と僕は不安だった。やっと席に就いてからユリは味噌バターコーンラーメンを頼んで、美味しそうに食べていた。僕はそれを見て心を癒すけど、彼女の心がもう変わってしまったことを知っている。

“僕はもう、ユリに憎まれているだろう。”そう思いながら僕はとんこつラーメンのスープを啜った。“ユリはこうして一緒に居てくれるけど、それは「彼女を救ってやれなかった僕を痛めつけるため」なんだ。彼女は僕を愛していない。でも僕は、彼女と一緒に居たいと思っている。こうしていつも、本当なら毎日会いたいと思っている。それは一体、なんなんだろうか…。”とんこつラーメンは白く濁って底が見えず、僕がそれを飲み干してもユリはまだ麺を食べ切れていなかった。

「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」

ユリはラーメンを食べ終えて、僕に微笑んでくれた。でも、ユリの作り笑いは、もう僕を喜ばせるためのものではなく、僕を欺いて手元に置くためなのだと、僕は分かっていた。

店を出た後でユリに後ろから蹴られて、「死んじまえ」と囁かれた。僕は、「死なないよ」とだけ返した。




寂しかった。苦しかった。“なぜ僕は愛したのに傷つけられなくてはいけないんだ。”やっぱり僕はそう思う気持ちを止められなくなって、ある日たまりかねて東野を呼び出した。愚痴を聞いてもらおうと思ったのだ。



「よお、どうしたよ。急に文ちゃんの方から電話してくるなんてめったにないもんで、びっくりしたぜ俺ぁ」

東野はそう言って、行きつけの飲み屋までの道をもう歩き始めている僕を、心配そうに覗き込んできた。僕はなんとなく顔を逸らす。

「店に着いたら、話すよ…」

僕たちは東野の最寄り駅に集まって、そこらで飲み歩く時にはまず初めに行く店をさして歩いていた。そこは何も無い田舎道で、人も歩いて居なかった。僕が降りたのはほとんど無人のような駅で、そこから国道を横にくぐる地下通路を歩いて行けば、駅前の街に出る。とは言っても、ほとんどの店がもう潰れた後だった。でも、「いい焼き鳥屋があるぜ」と東野が言って連れて行ってもらった店は、意外にもとても美味かった。

駅前通りを左へ折れて、国道より一本逸れた道を歩いて行く。そこはなんということはない住宅街だった。その中に、一階が店の構えで、上はご主人夫婦が住んでいる住居なのだろう焼き鳥屋が見えてきた。

「いらっしゃいませ」

ガラガラと引き戸を開けると、ご主人がすかさず僕たちを迎える挨拶をする。僕はうつむいたまま、座敷の席を選んで「ここにしよう」と東野に言った。東野は僕があまり人に聞かれたくない話をするつもりだと分かってくれたのか、「いつも通りにカウンターに座ろうぜ」とは言わなかった。




「ユリは…もう僕を愛してないんだ。それなのに一緒に居て、僕に復讐したがる。あの子があんな風になるなんて…。でも、ここまで来たらもう僕のせいじゃない。あの子は自分が満たされないから、誰かを傷つけたくてしょうがないのさ…それで、それをやっちまったんだ…僕でね…」

「おい、文ちゃん、それ以上は体に良くないぜ。また倒れたらどうするんだよ」

僕は長々とユリの愚痴を喋る間、ほとんど休みなく、言葉が途切れれば酒を飲んでいた。東野は心配してそれを止めようとするが、僕は「こういう時は飲めるだけまだ丈夫と思って飲んで忘れればいいんだよ」と、理屈に合わない返しをした。すると東野はテーブルに突っ伏して顔を上げているだけのような僕を覗き込み、こう言った。

「別れなきゃ、ずっとそのままだぜ、文ちゃん」

それで僕はびっくりして、急に怖くなった。“そうだ。別れればもうこんな目には遭わない。でも、ユリと別れるなんて…。”そう思って僕は、東野から目を逸らすために自分の腕の中に埋めた頭をうつむかせる。

「気持ちはわかるぜ。酷い扱いになっても一緒に居たい相手も居るだろうさ。でもよ、多分その子は文ちゃんじゃ変えられないぜ。だって文ちゃんは精一杯をやったのに、その子は「それでも足りない」なんて、そんな真似するんだろ?はっきり言って…文ちゃんのためにもならねえ」

「うるせえな…そんなん分かってるよ!」

僕は急にまともなことを喋り出した東野に向かって怒鳴ってやりたくなった。東野があんまりに見透かしてしまって、よりによって最悪の結論を出したからだ。“そんなの分かってる。ユリがろくな女じゃないなんてもう知ってる。でも僕は彼女を見捨てられないし、だから僕は丸っきりハナから負けてるんだ!”そう思って泣きそうになった。

「落ち着けって文ちゃん…」

「落ち着けるか!分かってるよ!僕は彼女に…ユリに…“裏切られた”と思われたんだよ…!」

「文ちゃん…」

僕の言ったことに東野はもう何も言えなくなってしまったのか、大人しく串焼きをかじっていた。



その晩、僕は結局酔いつぶれて東野の家に運ばれた。僕は東野に介抱されながら、「ユリとは別れる」、「もう別れる」と何度も言った。それを聞きながら東野は、「わかったよ、もう寝ろよ」と言って、寝そべった僕の肩を叩いた。僕はそんな状況だったにも関わらず、頭にユリの笑顔を思い浮かべて泣いていた。