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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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「さよならを言うために」6~9話(完結)

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8話 ろくなもんじゃない






東野には、僕がユリに夢中になっていることを「大丈夫なのかよ」と言われたし、僕も「全然。多分無理」と答えたが、それから僕とユリの関係は日増しに深刻な影を背負うようになった。そしてユリはある日、僕が一番恐れていたことを口にする。




僕たちが付き合いを始めたのは秋の終わりで、今はもう冬が終わり、春の前ぶれに山茶花が咲いていた。モクレンとこぶしも大きなつぼみを膨らませて、早い桜はそろそろぽつぽつと花を付け始めている。季節の移ろいに心が揺さぶられるような気がする頃だった。





そんなある日、ユリは真っすぐに僕の家に来て、僕はそれを駅まで迎えに行き、二人でコンビニに寄って食料を買い込み、僕の家でそれを食べた。満足な暖房器具も無い僕の部屋でユリは上着を着たまま畳に座り込み、玉子サラダのサンドイッチとカップのコーンスープを食べていた。ユリはコーンスープにパンが入れてあることにはしゃいでいたし、僕が食べていた海苔弁当を、「美味しそう」と覗き込んだ。

「フライ、ひと口食べる?」

僕はそう言って海苔が敷かれたごはんの上から魚のフライを持ち上げる。

「え、いいの?」

「うん」

僕が割り箸でフライ差し出すと、ユリはちょっと遠慮がちにその端っこを少しだけかじった。

「タルタルソースの付いてるとこ、食べればいいのに」

僕がそう言っても、ユリは「いいよ、美味しいし」と言ってにこにこしていた。


食後、僕たちは沈黙に包まれる。初めの頃は、まるでまだ自己紹介が続いているかのように僕たちはよく喋った。でも、それはそのうち飽きてしまって、二人で居てもユリはスマートフォンをいじっていたり、僕はぼーっと煙草を吸っている事が多くなった。ときどきユリは悲しい過去を話したり、仕事であった嫌な事を喋ったりしたけど、それも二言三言で終わってしまって、あまり会話は続かなかった。でも、その晩は違った。


沈黙の中、ユリは寝転んで布団に包まり、目を閉じていた。僕はぼーっとしてよそ見をしていたけど、不意にユリがため息の後で口を開く気配が分かった。

「ねえ、私たちってさ、年が離れてるよね?」

僕は、始めは分からなかったが、ユリの顔を見て分かった。それは悲しそうで寂しそうで、ユリが何を考えているか、僕はおおよその見当がついてしまった。それでも、次の言葉に答えてあげないと。“ああ、でも、僕だってそれがすごく辛いんだ。”僕はそう思わざるを得なかった。

「うん、そうだね」

ユリは僕を見なかった。泣きそうな顔をしていても、必死に堪えているようだった。

「だから…いつか私は、文ちゃんに置いてかれるの…」

そう言ってついに涙をぼろぼろとこぼしてしまうユリ。僕は本当にどうしたらいいか分からなかった。彼女を慰める言葉を知らなくて、“僕は彼女を愛しているつもりで、不安にさせているだけかもしれない”と気持ちが落ち込んでいきそうになった。でも僕はユリを見つめた。出来るだけ優しく。

「そうなるかもしれないし、そうはならないかもしれないよ」

本当にその通りだが、もちろん理屈に沿えばユリの言った通りになってしまう。それは人が望み通りに叶えることの出来ないものだから、ユリの不安はいつまで経っても消えないかもしれない。それを考えると僕は居ても立ってもいられないのに、何も出来ない歯がゆさばかりが募った。そして僕も、“ユリを残していくのかもしれない”と思って、悲しんだ。そして、この事は最後まで僕たちを苦しめることになる。



ユリはそれから、「置いて行かないで、置いて行かないで」と何度も泣いては、また落ち着いたように虚ろな目で黙り込むのを繰り返した。ユリが最後に泣いてから泣きつかれて眠ってしまった時、時刻は夜中の三時だった。または、朝の三時とも言うかもしれない。僕はそれからも起きていて、しばらく考えた。

僕は、彼女を慰めるために強く抱きしめることは出来なかった。多分、それではユリを慰める事が出来ないし、だとするならやらない方がよっぽどいい。

“ユリは僕から何かを受け取ってもきっと満足してくれない。”と、僕はそう思っていた。だから彼女を抱きしめることもなかなか出来ず、必死に慰めの言葉を浴びせることも出来なかった。彼女の孤独は、誰にも癒してあげられない。それは、僕の孤独が同じであるように。彼女は僕を愛してくれているかもしれないけど、遠い昔の思い出が詰まったその心の中に僕を入れることは、多分出来ないだろう。そう思って、涙をこすって真っ赤になったユリの目元を見つめていた。

“僕たちは互いに孤独だ。僕たちは互いを理解出来るのに、それでは孤独は癒せないというのだろうか…。”僕はユリを知っている。彼女が何を求めているのか知っている。でも、そのユリが求めるものはすでに失われていて、彼女がそれに苦しめられていることまでをも、僕は知っている。“だから僕ではダメなのかもしれない。別に僕は彼女の母親の代わりにされているわけではないけど、ユリが求めているのはすべてを受け入れてもらうことだ。それが僕に出来るだろうか?毎日毎晩浴びるように酒を飲まなければ自分の後始末すら付けられない、この僕に…?”

僕は、自分がすでに諦めかけていることに気づいていた。“ああ。”心の中でため息を吐いた。“この先、僕たちがどうなるのかは分からないけど、おそらく最低最悪の結末を迎えることは間違いない。どうして愛しているだけじゃダメなんだ。愛してると百万回叫べば、君は夢から醒めるのか…。”僕は少しだけ泣いてから、ユリの隣に潜り込んで自分も眠った。





翌朝、ユリが帰りたがらなくなってしまった。ユリは起きてから朝食として僕の袋麺をまた食べたけど、「また寝る」と言って布団に包まろうとする。

「ユリ、ダメだよ、もう帰らないと」

するとユリは布団を頭からかぶって、もごもごと布団の中からこう言った。

「帰らない。ここに住むもん…」

僕はそれで困ってしまった。ユリは働き口を見つけたけど、「お金が貯まるまでは」と言って、今はまだ父親の家に住んでいる。ユリが今晩も帰ってこないなんてことになったら、ユリのお父さんが心配するし、これは僕の責任だ。

「ユリ、ユリちゃん。あんまり困らせないで」

布団に向かって屈み込み、ユリの頭があるところをそっと撫でると、ユリはぐったりと何も反応しなかったけど、しばらくして苦しくなったのか、布団をがばっと剥いだ。

「ああ…苦しかった。じゃあ、帰ろうか」

そう言って笑うユリの目元には、うっすらと涙が滲んでいるような気がした。でも僕は、「泣いていたの?」と聞くことは出来ずに、ユリが着替えて僕の家を元気よく出て行くのについて、駅前まで送った。僕には彼女の抱える不安を一つ一つ解してやる余裕は無かった。自分でも情けないと思うけど、僕は自分がまともな状態で生きていないことは、もうすっかり分かっていた。そして、この時おそらく、ユリの中で“「それ」が決められた”のだと思う。