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短編集84(過去作品)

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旅先の旅



                旅先の旅


 飛行機にしようか、新幹線にしようか迷っていた。
 初めての九州旅行、しかも一人旅。どれもが新鮮だった。たった一つ、傷心旅行という言葉を除いて……。
 須藤めぐみは会社に休暇を願い出て、そのまま旅行に出かけてきたのだ。会社側は忙しい時期に彼女に休まれてはと渋っていたが、彼女の普段見たこともない思いつめたような表情に上司も幾分か面食らっていたことだろう。渋々だが了承した。めぐみとすれば、今後の心境ではこのまま会社を辞めても構わないとまで思っていた。
 会社の誰も知らないはずだが、彼女は会社内で不倫をしていた。相手は、同じ課の瀬川係長、同じ事務所でもあまり目立たないタイプの男性だ。目立たない理由は営業でいつも表に出ているからだけではない、性格的にも元々何かが暗いのだ。
 めぐみは彼の暗さを分かっていて付き合っていた。
――彼の心は私にしか分からないわ――
 これが付き合っている理由の一番大きなところだろう。暗い性格の中に小さい頃の何かトラウマのようなものがあり、それが何かは分からないが、きっと自分にしか理解できないと思っている。妻子があるのにめぐみと付き合っているのも、家に帰って面白くないからだ。
「家にいる時は女房、子供と話もしないさ」
 といつも顔は寂しそうだ。会話がない家庭が寂しいものであることは、独身のめぐみにも想像がつく。だが、そんな家の中で一人いる瀬川の姿を想像できないでもない。だからこそ、自分には他の人には分からない瀬川が分かるのだと自負していた。
 二人の仲はどれくらい続いたのだろう。
 会社の連中に隠しておくことはそれほど難しいことではなかった。いつも活発で、人の輪の中にいても、必ず一人だけ目立っているめぐみが、事務所にいても気配や存在感があまりなく、まるで石ころのような存在の瀬川とは、誰が見ても合うはずがなかった。きっとめぐみから見れば瀬川は生理的に合わないタイプの男だと思われていることだろう。
 確かに暗くて陰気な性格の男性はめぐみのタイプではない。実際にもう一人似たような陰気なタイプの男がいて名前を渡辺というのだが、彼とは生理的に合わないことは分かっている。
 もし渡辺に言い寄られでもしたら、全身から溢れ出る汗でワナワナと震え始め、虫唾が走るに違いない。そばに寄っただけでもダメなタイプだった。
 瀬川は、相変わらず無表情で仕事をしている。数日前、同じ表情でめぐみに話したことばがまるでウソのようだ。
「めぐみ、もうやめよう」
「え? どういうことなの?」
 いきなりの瀬川の言葉に耳を疑った。
 二人だけの時間の時、主導権は瀬川にあった。会社ではあれだけ目立たない男なのに、めぐみの前では自分を出そうとする。誰も知らない彼の男らしい部分に、めぐみは酔いしれていた時期があったくらいだ。
 それが……。
「別に君が嫌いになったわけではないんだ」
 彼の表情には怯えが感じられる。二人だけの世界でそんな表情は初めてだ。今までの彼は、家で自分を認めてくれない身内への気持ちを振り切るようにめぐみの前でだけ自分を曝け出していた。だからめぐみもそれに答えるように、従順だったのだ。では、この怯えたような表情は何なのだろう。めぐみにある光景が浮かんできては、それを打ち消そうと必死だった。
「ただいま」
 家に帰った彼が部屋の中に向かって声を上げる。
「おかえりぃ」
 大声を上げて走ってくる子供、それを抱き上げる瀬川。顔はよく分からないが、実に楽しそうなどこにでもいる子供の表情に、瀬川は微笑みかける。
「おかえりなさい」
 少し遅れて、エプロンで手を拭きながら玄関に出てくる女性、彼の奥さんだ。やはり顔は分からないが、微笑んでいる。それは控えめな表情で、瀬川の性格からすれば、一番好きなタイプの表情である。
「ただいま、ご飯できているかい?」
「ええ、あなたの好きなものを用意したわ」
 そう言いながら、背中を向いた瀬川からコートを脱がせてやる。これはめぐみの部屋でいつもしている行動だった。
「家族のことを思い出したのね?」
 黙って頷く瀬川。瀬川もめぐみが気付くことくらい百も承知だ。ずっと付き合ってきてめぐみが勘のいい女性であることは分かっているし、何よりも自分の一番の理解者であることは分かっている。
 そんなめぐみを信頼していたから、ここでは瀬川が主導権を握っていられる。主導権がなければ瀬川もめぐみを意識していなかっただろう。それが分かっていても、めぐみは瀬川から離れられなくなっていた。
――気持ちはいつも一緒だ――
 言葉には出さなくとも、いつも同じ気持ちだった。瀬川にしても同じだろう。だが、その瀬川が初めて見せた怯えの表情、それはめぐみには青天の霹靂だった。
「すまない……」
 瀬川がボソリと呟いた。
 普段からあまり身体の強い方ではない瀬川がやつれて見える。本当にやつれているのかも知れない。
 めぐみに寂しさがないわけではない。しかし、身体の奥から湧き出してくるこの開放感のようなものは何だろう?
――もうこれで私の役目は終わったのね――
 自分に言い聞かせるが、それでも、虚しさが残る。
――それじゃあ、あなたは彼のなんだったの?
 と問いかけるが返ってこない。愛人という言葉だけで片付けられてしまうことが怖いのだ。
――愛人? そんなことはない。一緒にいて、彼の一番いいところを見つけることができたんだから、それが私にとっても一番いいことだったんだから――
 何度も問いかけてみる。だが、結局同じところをグルグル回って結論なんて出るものではない。
 自分から去ろうとしている瀬川の背中に抱きついてみる。最後の抵抗なのだろうか?
 今までならめぐみの女としてのプライドが許さないはずだ。だが、その時はそんなものはなかった。
 ドラマを見ていて、
――どうして男女の別れっていつも同じようなシチュエーションなのかしら――
 と思ってきたが、実際に自分がその立場になってくると、同じように演じている。ドラマを見ていてついつい主人公に感情移入してしまうが、まさしく今自分がその主人公なのだ。
――まるで夢のようだわ――
 そして夢なら早く覚めてほしい。
 どうして夢のようだと感じたかといえば、その場に自分が二人いるからだ。
 実際に悲劇のヒロインを演じている自分、そして、その状況をブラウン管の外から客観的に見ているもう一人の自分。時々、その二人が入れ替わって、お互いに自分の立場を考えている。実に不思議な感覚だ。
 めぐみは、どちらかというとあまりドラマは見ない方だ。テレビ自体をあまり見ないと言った方がいいだろう、だがたまに見ると感動する。元々感情移入が激しい方なので、普段はなるべく冷静でいたいという気持ちが働くのだ。それも無理のないことだろう。
 瀬川はそれほど男性的な男ではない。どこにでもいる男で、それだけに表に出てくるオーラのようなもので、どのようにも変われる素質はあるのだ。今のようにほとんど気配を消していては誰からも見向きをされないのも当たり前ではある。
作品名:短編集84(過去作品) 作家名:森本晃次