湯けむりの幻
新一は、飛行機で名古屋に飛んだ。
今は、知多半島から突き出した中部国際空港『セントレア』が国内外の24時間離発着可能な玄関口となったが、以前は、小牧市にある空港がそれだった。通称小牧空港と親しまれた名古屋空港の名称も名古屋飛行場となった。旅客定期便はFDA(フジドリームエアラインズ)による1社だが 新一の住いから利用するには便利だった。
名古屋空港で待ち合わせ。
1時間20分の空路だ。朝ゆっくり目覚めても午前中には、チャコと合流できる。
気持ちも逸るが、行くのも早い。
到着ロビーで 新一を待ち受けていたチャコは、少し息が上がっていた。
「来たよ」
「こんにちわ」
「どうしたの? 興奮してる?」
新一の口調は、ラインの言葉と変わらず 弾んでいた。
チャコは、両手で手荷物を持っていた片手の人差し指で天井を指差した。
「上の展望デッキで着陸する飛行機を見てたのよ。急いで降りてきたんだからぁ」
「そんなに会いたかったんだね」
「ん? うん」
「はい」
新一は、手荷物を足元に置くと 両手を広げて見せた。
「ここで?」
「もち。でしょ?」
チャコも手荷物を置くと、新一の胸元に凭れた。約束通りの出逢いのハグだった。
「はい! いつまでもってのは恥ずかしい。アウェイだからいいけどな」
「はいはい。飛行機迷わなかった?」
「はぁ? チャコと一緒にすんな! 僕は世界を飛び回ってるんだぜ」
「失礼しました」
新一は、うな垂れるチャコの頭をポンと叩くと、総合案内所へと歩いて行った。
「すみません。この付近でレンタカー借りられるとこは何処がありますか?」
カウンター嬢が親しみある笑顔で数店舗の情報を提示したうち、近隣約500m先にあるレンタカー店に決めた。
「天気もいいし、ぼちぼちと歩くのもいいよね」
「チャコ、荷物デカくない?」
「そっかなぁ、女の子の必需品よ」
「お? 女の子ね…」
新一の失笑など チャコは気にできないほど、辺りをキョロキョロ見ていた。
「地元でしょ? 珍しい?」
「だって 普段こんなほうへ来ないもの。あ、タンポポ咲いてる」
「僕のほうは もう菜の花が満開だよ」
他愛もない話をするふたりだったが、チャコの手荷物の取っ手を握る手は、緊張に力が入っていた。