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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Soft targets

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 カトーは背表紙を目で探りながら、言った。わたしは一歩引いて、その後ろ姿を眺めた。ルールは守らないといけない。少なくともわたしは。担任がわたしのことを腫れ物扱いしているのは、それを生み落としたもっと大きな腫れ物がいるからだ。雪乃はカトーと担任に二股をかけていて、危うく担任の家庭をバラバラにするところだった。
 盗んでもいない三千円は、明日返す。わたしの立ち位置はそのままだろう。湯本は今まで通り、ありとあらゆることの『容疑者』だろうけど、わたしに対する感謝の気持ちが生まれてるぽいから、明日からは不器用に話しかけてくるかもしれない。人と話すのは好きだ。でも、それを許してしまうと、わたしが庇ったということを周りに知られてしまう。
 わたしと湯本が秘密を共有しているということは、卒業まで知られてはならない。
      
      
― 現在 ―
      
 結局、あの水槽はどうなったんだっけ。下宿していたアパートも、今日が最後。引っ越し先は、就職先の近く。何とか仕事にありついた感が強い。わたしは今年、二十三歳になる。三千円を気まぐれで盗んだ振りをした六年生は、私立の中学校に進学して、数人の取り巻きを得た。エスカレーターで高校卒業までの六年を過ごした後、公立の大学に進んだ。
 高校に進学したとき、それ以降のためにカトーが用意したお金は、大学を出てもお釣りが来る額だった。わたしのお金は常に、金庫の中にあった。
 大学時代を飛び越して、さらに昔のことを思い出すのは、昨日、かつての地元で、家を数軒焼く火事があったから。実家の近くかもしれないから、ずっとSNSの投稿と、地図アプリで調べている。ここへの引っ越しで運び込んだきり、四年間ずっと封をしたままだった段ボール箱も、手元に置いてあった。中身は、主に前の家の記憶。高級住宅街に住んでいた頃とも言えるけど、実態はもう少し複雑だ。突然家を買った二十七歳の男と、その男が住まわせた二人の女。ひとりは三十六歳で、もうひとりは、縮小コピーのような十二歳。六年生だったわたしは、中々いい身分だったと思う。大学生になってからのバイト生活は、思ったより大変だった。自分の力でどうにかなったのは、学生割引があるアパートの二〇二号室。管理人は色々と心配症で、廊下に面したキッチンの電気を消さないようにと念を押した。誰かがいると思わせることで、防犯になるのだという。ちゃんと言うことを聞いて四年間を過ごしたのに、生活感はさほどない。遊びに来る友達は、怪しい人影を見るたびに、『鷲井さん、ほんと気を付けなよ』と言ってくれる。実際、変な人がうろついているらしい。二年生のときに読者モデルとして雑誌に載ってからは、特に増えた。クッションの上であぐらをかいて段ボールを抱えている姿が見たいなら、別に構わない。勝手に幻滅してくれればと思う。この段ボール箱を持って家を出たのは、大学に入った年。でも、大学を出て、次の家に引き継ぐ段ボール箱はない。家具だけだ。スマートフォンが震えて、台座からずれて落ちた。テーブルの上でバリバリと音を鳴らして自己主張を始めたから、わたしは仕方なく手に取った。同じゼミの、山市さんから。彼女の就職先は海外。だから、卒業したらさよならだ。
『教授、見つかったよ。自殺だって。卒業前に、とんでもないことになっちゃったね』
 どこかお祝いムードが削がれているのは、二週間前から教授が行方不明になっていたから。チョコレート好きで、学生からも人気があった。ふた回り年上だったけど、わたしは、付き合うことを想像するぐらいには好きだった。
『お通夜呼ばれるかな? 喪服とかないんだけど』
 返事を送って、わたしは段ボール箱の中身を探った。写真がたくさんある。土台のように底に敷かれているのは、今までの卒業アルバム。中高と、写っていないページはないんじゃないかってぐらいに、あちこちにわたしの顔がある。芸能スカウトから声を掛けられたのも、この頃。わたしは、十五歳だった。中高時代の馬鹿騒ぎに比べると、大学生活はまだ平穏だった。わたしは、小学校の卒業アルバムを開いた。六年一組の面々。目は自然と、定位置に辿り着く。腫れ物のわたしと、手癖の悪い湯本貴理子。名前の読みが近いから、隣同士に並んでいるけど、同じ学年には見えない。マネキンのように表情のないわたしと、猫背を無理やり伸ばして変な感じになっている湯本さん。いや、当時は呼び捨てにしてたな。湯本とは、中学に上がってから再会した。気まぐれでショーウィンドウの蛇口を買いに行ったときに、店の中にいた。学校での立場はさほど変わっていないみたいで、少し背が伸びたぐらいだった。連絡先を交換したのは、小学校に続く道の途中にあるコンビニで会ったときで、再会から数週間が経っていた。そうやって、わたしの思い描いていた通りに、交流はこっそりと復活した。今考えると、中学校時代の人間関係が一番充実していた。でも、湯本と町を歩いていると、申し訳ない気分にもなった。派手で目立つ顔立ちのわたしと、猫背でそのままタックルでもしそうな、前につんのめった歩き方の湯本。そんな彼女の口癖は、『鷲井さん、あそこに立ってくれない?』。最初は意味が分からなかったけど、わたしがそこに歩いていってちらりと振り返ったとき、注目から逃れた湯本が、テーブルに置きっぱなしになった何かをポケットに入れるのが見えた。その手癖の悪さは健在だったし、悪い方向に進化していた。当時、湯本家は少し勢いを取り戻して、お金の心配をしなくてもいいぐらいに暮らしは安定していたらしい。物に困らなくなった湯本は何かを盗んだ後、また元の場所に帰ってくるようになった。それが誰かの置き忘れた手袋でも、小銭入れでも、ひょいと自分のものにすると、一旦離れた後で戻る。万引きをすることはなかった。彼女が盗るのは、人が置き去りにしたものだけ。時折、忘れ物に気づいて戻ってくる人がいる。そして、確か最後はここに置いたはずだと、あたりを見回したりする。でも、騒ぐだけのものじゃないし、困るのは確かだけど、誰かに助けを求めるほどのことでもない。その様子を見ていると、単純にかわいそうになったけど、湯本は違うようだった。人が静かに慌てる様子を、笑顔を締め付けるように抑えながら見つめていた。中には、周りに声をかけて一緒に探してもらったりする人もいた。わたし達は、『求心力チャレンジ』と名付けて、中学校の間は意味もなく、人が置き忘れたものを回収して回った。そしてある日、お互いの家の話になった。
『父親に、人のものを盗るなって言われて育ったのに、自分でも不思議だよ』
 湯本は自分に呆れたように言った。その言葉には続きがあるはずだ。わたしは言った。
『盗ったらどうするって言われた?』
『殺すって』
『だから、やめられないんだよ』
 メモっておけばよかったな。わたしの頭の中にしか、あの会話は残っていない。記憶の通りか少し自信がないけれど、そんなことを話した。湯本は麻薬中毒者のようにスリルを楽しんでいた。そして、わたしも悪い方向へ『進化』していた。
作品名:Soft targets 作家名:オオサカタロウ