春なのに黒
「彼って誰?・・・って事も気になるけど、どうしたぁ?」
「どうしたって?」
「だって 驚きでしょ? その服は何よ?」
佳那芽の前に座るにはやや抵抗を感じずにはいられない美也子は 小声ながらもその意思をはっきりと伝えた。
黒っぽいセミロング手袋だけでなく、つばの長い黒い帽子には黒いリボン。白いレース襟の付いた膝丈の黒いワンピースと黒いタイツ。エナメルの黒い靴。
同じ年の美也子が見ても 違和感のある服装だった。
「だって・・・」
「なに!」
「会おうって」
「いいじゃない」
「ずっと恋のレクイエムが 流れていたの」
「鎮魂歌」
「くくっ。やっだぁ。チンコンってぇ」
「またぁ。わかったよ、佳那芽のドハマり。で、レクイエムの相手は誰?」
佳那芽は、ぱ!と口を開けたが パクっと閉じると、口元に皺が幾本もできるくらい口を閉じると 鼻から吸った息が涙腺を緩ませた。
「おいおいおい。急に崩れるなよ」
佳那芽は、納得と葛藤に何度も頷きながら 笑みと萎みの唇の緩急を数回繰り返した。
「うん、そう。うん。・・・だよね。うん」
美也子と目が合うと溢れそうな気分を 天井を見て紛らわした。
「わかったの。だから、この服着た」
「そっかぁ。何とかしようとすれば良かったじゃん。ど!ピンク着てくとか」
「持ってないもん」
「そっか。で、当たったの?」
佳那芽は頷き、やっと美也子を見た。
「頑張ったんだ。それなら もう笑え!」
「笑うの?」
「ここ 外だよ。歩行者からも見えちゃうし、もしかすると車からも『あ、いい女』っ見てくかも」
美也子は、人差し指と中指を二本立てて見せた。
「V(ヴイ)サイン?」
「いい女 ふ・た・り」にんまり笑った。