春なのに黒
佳那芽が左右を見ると、テーブル越しに美也子は 両掌で佳那芽の頬を挟み、言葉優しく言った。
「佳那芽、この服とっても可愛いよ。きっとさぁ、春ってこういう感じなのかもって佳那芽見たら思ったよ。晴れてぽかぽか。曇ったり、雨降らしたり、まるで魔女っ娘が 悪戯してるみたい。あ、でもね、あたしじゃ駄目だ。佳那芽が似合ってる。…ほんと。いい。可愛い。黒くていい。あ、洋服ね」
美也子が佳那芽の頬をギュッと挟み寄せると 佳那芽は「むうぅ」と声出したので離した。
くふふ。二人は、笑った。
「佳那、いいおんなじゃないけど、彼の事好きだった」
「与謝野晶子。なんてね。良さのわかんないヤツは、相手にすんな」
「佳那もわかんないけど…」
「佳那芽は も少し我を通して もっと情熱的に自分の生き方を貫いていいんじゃない?」
「そ、かなぁ」
美也子は、佳那芽の駄洒落とも言えない言葉に 眉を歪めた。
「もう、で、彼って誰よぉ!」
「えぇ。えっと美也の知ってる人だけどぉ。むふ。もういいの」
「あぁぁ、なにそれ。あたしと会う時は しばらくこの服着てなさい。じゃないとぉ~」
「・・・」
「春が淋しいからさ」
「意味わかんなぁい」
「はい、此処、佳那芽のおごりね」
春風が吹いて 春の日射しの中、黄色いタンポポが揺れる。
周りが華々しく彩づいて 柔らかく若草がそよぐ。
青く澄んだ空もいい。
真っ白な雲。
そんな世界だけよりも何処か落ち着いた黒い安堵もあるのでは・・・。
佳那芽は、美也子の変わりない影でいられる気がした。
― 了 ―