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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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「さよならを言うために」1~5話

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僕の地元は、ろくな街じゃなかった。それこそ歓楽街で、いかがわしい店ばかりだ。でも僕は若い子をそんな街で引っ掛けておきながら、自分が気に入っている純喫茶に連れて行った。そこは、僕たちが居た喫煙所からもさほど離れていない。駅前のロータリーを回って、酒瓶だのゴミ箱だのが道にはみ出したごみごみした裏路地につうっと入ってから少し歩くと、すぐに着いた。裏路地に張り出した店の置き看板にはお決まりの珈琲商社の社名があって、その上に「喫茶・ハーベスト」と書いてあった。

店内は地下なので、僕たちは階段を降りて行く。階段は狭くて急だ。僕は「気をつけて」と声を掛けたけど、やっぱり彼女は、どこかふらふらと頭と体を揺らしながら降りてきた。

店の入り口である磨りガラスのドアはいつも開け放たれていて、そこから小さく店内の様子が見える。遥か昔に色褪せ切ったのだろうビールのポスターや、この街の古い写真が貼ってあったり、低いソファとテーブルの隣には、高めのテーブルと椅子が据え付けてあったり。ヘンテコな取り合わせで統一のない店内はどこか油っぽく、壁紙は黄色くなっていた。

「ここ、よく来るんですか?」

僕はそのとき、“あれ?”と思った。急に、彼女が僕に敬語で話しかけたからだ。“どういうことだろう。さっきまではあんなに口ぶりまで子供っぽかったのに。”そう思って彼女を振り返ると、いつの間にか彼女はしっかりと大人の目つきで僕を見つめていた。僕はそれに気を取られて、入口近くにある会計レジ前でちょっとぽけっと立ち止まってしまっていた。すると、奥で洗い物をしていたマスターが顔を上げて、僕を見つける。長年の知り合いであるマスターは、「あら」と言って、ちょっと意味ありげな目で笑った。






僕たちは古ぼけて革が剥げてきた椅子に座り、二人掛けの席で向かい合って、珈琲とメロンクリームソーダを待っていた。彼女はどこか緊張しているように身を固くして座っている。僕はちょうど少しおなかもすいていたけど、なぜかあまり食事をする気になれなかった。“食事をするよりも、その前にやらなきゃいけないことがあるような気がする。”そう思って彼女の様子を窺う。そうだ、彼女のことだ。

さっき彼女は僕に向かって急に敬語を使って、大人みたいにしずしずと席に就いた。マスターが注文を取りに来たときも礼儀正しく、「メロンクリームソーダをお願いします」と言った。それはもちろんごく当たり前のことかもしれないが、さっきまでの様子とは違いすぎる。あの危うさが演技であったとは僕にはどうしても思えないし、危うくて、そしてしっかりしているなんていう二面性は、普通は誰も持たない。だとすれば彼女は今、僕に対してよそよそしくなったということだ。そこでふと僕は、あることに思い当たった。

この街には、“立ちんぼ”も当たり前に居る。だとするなら、もしかして彼女は僕のことを、「自分を買う客」として見ているのではないか?いや、きっとそうだ。そんな仕事をするにしては彼女はあまりに若すぎるけど、駅前でナンパをしてくる男が何を考えているのかなんて、ほとんどの女性は知っている。それでもついてきたのだから、彼女にとって僕は今、「客」かもしれない。でもさっきの彼女は、そんなことを知らなくてもついてきてしまいそうに見えたけど。どちらにせよ、“僕はそうじゃない”ことだけは伝えないといけなかった。

「メロンクリームソーダなんて、いつから頼まなくなったかな。そういえばさ、君はいくつなの?」

とにかく話を続けて、どこかで僕がこの子に対して、大人として責任ある気持ちで接したいと感じていることを言うつもりだった。

「十四歳です」

意外にも彼女は、正直に自分の年齢を言った。多分本当だろう。それにしても幼いとも見えるけど。それで僕は、「客」としての受け答えをされているようにも思えない気になった。「十四歳の子供だ」と聞いたら、男はみんな怖気づいて逃げ出すのが当たり前だ。“これはどうやら本当に世間知らずなだけかもしれないぞ。”僕はそう考えながら、ちょっとゆったりとテーブルに身を乗り出す。

「それにしてもさ、いくら行き先が喫茶店だったからって、こんなふうに大人についてきちゃダメだよ?」

すると彼女は不思議そうに首を傾けてから、一度笑ってうつむく。ゆるやかに背を曲げ、彼女は僕と同じように腕をテーブルに預けた。

「…実際に声を掛けてきた人に言われても…」

僕はまた一本取られた。どうやら彼女はものすごく正直者らしい。そりゃそうだ。確かにこの点について、僕の言葉に説得力などなかった。でもやはりこの言説は正しいはずなので、僕はもうひと口添えてみる。

「まあそうなんだけど、それは僕が君にただ興味があったからだよ。普通、街で声を掛けてくる男にろくなやつなんていないから、気をつけてね」

「はあ…」

彼女はどこか腑に落ちないような、少し悲しそうな表情で僕の言葉を聴いていた。それが「君に興味があった」という点なのか、「声を掛けられたら気をつけろ」の方なのかは、はっきりしなかった。そのとき、マスターがメロンクリームソーダと珈琲を乗せたトレイを持ち、革靴の底をカツカツと響かせながらやってくる。

「はい、メロンクリームソーダと、それからブレンドです」

僕たちはそれぞれ「ありがとうございます」と言ってマスターにちょっとだけ会釈をして、マスターは「ごゆっくりどうぞ」とだけ言って、カウンターの向こう側へと戻って行った。

彼女はメロンクリームソーダが来たのに、すぐにはそれにかからないで少し水を飲んでから、店の灰皿に手を伸ばす。それで僕は、自分のポケットの中身も思い出した。独り言のように「注文したものも来たし」と言って、彼女はまたセブンスターを口にくわえる。ひどく子供っぽい、そして実際子供である彼女がそうしているのは、違和感があり、見ていることさえ気が咎めた。

「こら、十四歳」

僕がそう言うと、彼女は噴き出して笑う。あ、やっぱりすごく可愛い。僕はそう思ってしまって、その気持ちを収めにかかった。僕はまず、どうやら様々なことに奔放で、世間知らずらしい彼女に対していろいろと教えてやりたいと思ったし、まだ彼女に手を出すなんて考えることもしたくなかったからだ。

「かたいこと言わないで。ライター貸してあげたじゃん」

“あれ、また戻った。”と、僕は驚いた。それから彼女の態度の変化で、「そうか。さっきのは、場を設けて話すことに緊張していただけだったんだ」と知った。喫煙所での二言三言なら相手の気分など気にする必要はないけど、喫茶店で差し向いで話すなら、いろいろ顔色を窺おうと緊張するだろう。それが初対面の、ナンパしてきた男ならなおさらだ。もしかすると彼女は本当に真っ当な感覚として、うすうす怖かったから距離を取ったのかもしれない。それなら、思っていたよりも心配はないかもしれないな。

でも、そうだとすると、この子は初対面の相手なら人並みに緊張はするけど、ちょっと寄り添えばあっという間にそれを解いてしまう子だということだ。そう思うとやっぱり心配だった。それに、一体何が彼女の心に触れたのだろう。むしろ僕は叱ったに近かったのに。