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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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「さよならを言うために」1~5話

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5話 僕はついに負けた





ユリが入院中、外出として僕と一緒に「海賊」に行くということは、結局うやむやのまま実現しないまま、入院して一カ月ほどでユリは退院した。僕は仕事が忙しかったので祝いのメッセージを送るだけになってしまった。でも、僕たちは秋の中ほどに、ユリの誕生日の記念として食事に出かけた。もっとも、僕とユリは一番親しい間柄でも家族でもない。それに誕生日は平日だったから、ユリの仕事の休みを待ってからになった。実際の誕生日よりは五日ほど経って、僕は彼女を、互いの中間地点ほどの駅前にあるレストランに連れて行くことにした。

その前夜、僕は長い考え事をした。つまらなくて埃だらけの僕の家には、布団がある部屋に座卓がある。そこには空の煙草の箱がいくつかほったらかしになり、灰皿には山のように吸い殻が積み上げられていた。僕が帰って来たときには、まだ少し蒸す秋の陽気が部屋中に詰まっていたから窓を開けたけど、部屋が冷えても僕は閉めるのを忘れていた。ふと、少し冷たい風が吹き込む。でも僕はそんなことには構っていられなかった。僕は火の点いた煙草を指に挟みながら、ときどき思い出したように吸い込んでは、また忘れた。

僕は、“ユリのことは諦めて、彼女の前から去らないといけない”という考えにまた苦しめられていた。一旦は“見守るだけならそばに居ることは許されるだろう”と考えたけど、僕はその気構えでしばらく過ごしていたことで、「そばに居るだけ」では、ユリと関わることが辛過ぎて堪らないと知った。言いたかった。自分の気持ちを。苦しい気持ちは、“早く早く”と解決を急がせる。

“欲望を抱えたまま素知らぬ顔をするのは、死ぬより辛い。はっきりと彼女を愛していると分かった以上、この秘密はいつ口を滑り出さないとも限らない。でもそれは絶対にダメだ。ダメだけど、もう我慢していられない。だからいっそ、ユリとは永遠に別れてしまいたい。でもそれには、僕がいつでも彼女と会える場所に、関係に居たんじゃダメなんだ。”

その想念は、僕にもう一度死への憧れを思い起こさせた。そのとき僕は、それがとてつもなくけがらわしいことのような気がした。“そんな。僕はユリに関することまで、自分の死への憧れで埋め尽くしてしまうのか?彼女のことでさえ!いいや、ダメだ!それだけは許さない!”僕はそう無理やりに心の中で決めて、暗く冷えてまた尖っていく心を無視し、ユリの姿を思い浮かべた。初めて会ったときの、寂しそうな様子、手に包帯を巻いて笑うユリ、それから、僕を見つけて嬉しそうに駆け寄ってきた病院でのユリ…。僕はそれを思い出してため息を吐いた。

“思い返せば、彼女も死に近い場所に居るのではないか…?彼女だって、いつも死に憧れてるんじゃないだろうか?もしや…もしや僕がそれを助けているとしたら…?彼女と以前その話をしたことで、彼女の中の死への憧れに居場所を与えてしまっていたとしたら…?そうだ、僕たちをまだ友人で居させているのは「それ」に違いない。だとすると…。”

僕はその先にある答えをはっきりと知っていたのに、考えて言葉にするのも恐ろしく、そしてただ“ユリとまだ一緒に居たい”と思う自分を、“卑怯者”と罵った。