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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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「さよならを言うために」1~5話

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でも僕には気になったことがあった。ユリは、失恋歌ばかりを歌っていた。“つい最近失恋したのかな”と思うほどにだ。それに、暗い曲、辛い中で自分を駆り立てる歌詞ばかりのような気がした。僕はその理由を知っていたけど、それが大して悪いこととも思えなかった。だって悲しみを抱えた人間がそれを外に吐き出してどこが悪いんだ。でも、それがもしかしてユリを食いつぶしてしまわないかということだけは、気掛かりだった。

僕たちはカラオケで一時間半歌って、「じゃあ今日はこれでお開きにしよう」と別れた。ユリは「楽しかったね」と言ってくれたし、笑っていたけど、僕はユリと別れる頃には、“どこまで彼女が口にする言葉を信じていいんだろうか、僕に遠慮して言っているだけなんじゃないだろうか”という疑念から目を逸らすことが出来なくなっていた。




それからは前のように、時折ユリからの電話が掛かってきた。それを受けて僕はユリとの会話を楽しんだし、それははたで聴いていたら「無為なもの」であっただろうけど、僕にとっては生きる糧だった。でも、ユリのことをそんな風に考える自分を咎める気持ちは変わらない。

僕たちは、奇妙な出会いから友人関係になり、僕はユリに恋をしてしまった。「何十歳も年上の人間」であれば、ユリにとって僕は、「道に迷った時に頼れる知人」くらいであるのが当然だ。でも僕は、そうなることを心の底では望めない。そもそも僕たちは出会うべき形ではない形で出会ったのだ。僕は邪な動機でユリに近づいた。それは今となってはもう確かなことだ。彼女の幼い美貌に惹かれ、自分と同じ孤独を映す目に惹かれた。もしあの喫煙所で出会った十四歳の少女がユリでなければ、僕は「危ないことをしようとしている子どもを止めてやるんだ」なんて建前を持ち出さずに、放っておいただろう。

僕は今、自宅の洗面所の鏡を覗き込んでいる。鏡には大量の歯ブラシの先や、壁紙の剥がれた壁が映り込み、そこに僕の痩せぎすの体が映り込んでいた。僕は、瞼の周りが落ちくぼんだ大きな目を見つめ返している。その下にはやや鷲鼻になった大きい鼻と、厚みのない唇があり、頭に乗っているのはほとんど白くなったカサカサの髪だ。少し恰好が良くなるように伸ばしてはいるが、黒く染めることもしていない。肌は青白く少しくすみが混じって、とてもじゃないが健康そうには見えなかった。そして、頭の中は分かり切っていた。“死にたい”、それから、“ユリに会いたい”、その二つがある切りだ。他にも雑多なことがあるけど、僕の考えていることの中で僕にとって価値を持っていそうなことは、その二つしか無かった。

僕はユリについて、いろいろなことを考えていた。でも、“会う”より先のことをするのを自分に禁じているし、考えについてもそれは同じだった。だからここでは“会いたい”と思っているのだということにしておいてほしい。どちらにせよ、僕はこれからもそこから先へ行くことは絶対にないだろう。

それから僕はもう十一時だというのに、そのときやっと朝の歯磨きに取り掛かった。