小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

「さよならを言うために」1~5話

INDEX|15ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

4話 君の友達として





ユリと僕は再会して「ハーベスト」でたくさんのことを話した。

ユリは僕より先に軽やかに階段を降りて行き、うきうきとした足取りでよく僕と二人で座っていた席を選んだ。それから、僕が座るか座らないかのうちにマスターを呼んで、僕に「何にする?ブレンド?」と聞いた。それはどこか急いでいるような気がしたけど、僕はそのときは単にユリが楽しんでいるからだと思っていた。僕たちはどちらもブレンドを頼んで、マスターが行ってしまってから、ユリはすぐにテーブルに頬杖をついた。

「それで、文雄さんはどう?仕事とか」

僕は、仕事が上手くいかないこと、お金があまり入ってこないこと、それから仕事をやる気が出ないことのうち、どれも話すことが出来なかった。

「うーん、このご時世はどこも厳しいね。ユリちゃんはどう?」

僕はそのとき久しぶりにユリの名前を呼んだ。“ちゃん”が付いているのは元々だ。元より、自分より三十近く年下の女性を呼び捨てにするなんて、身内でもない限りしないだろう。

「そうだねー、バイトやっぱりきついかな。居酒屋のホールとキッチンなんだけど…」

「居酒屋は人使いが荒いからね、大変だね」

「うーん、そうだよね」

そこでユリはため息を吐いて、ちょっとうつむいた。彼女の顔は、ふっとあの頃の寂しそうな影を少しだけ映す。

「いろいろ…あった。でも、お父さん、私のために頑張ってくれて、それで、私は…なんとか、生き残れたよ」

おそらく数限りなかった苦痛を、ユリは“いろいろ”に詰め込んで微笑んだ。それは、まだどこか寂しさの拭い切れないようなものだったけど、僕はそれについては何も言わなかった。ユリが笑ってごまかしていられるうちは彼女は堪えるから、誰にも苦しみを渡さない。それだけは変わっていないようだった。

「そっか。それは良かったけど、僕、あの頃何も知らないうちに君が引っ越していったから、少し心配してたんだ」

少しだけ、“話して欲しい”という意思を込めてそう言うと、ユリはちょっと決まり悪そうに曖昧な笑い顔をうつむかせて、話そうか話すまいかを考えているようだった。それからうつむいたままでぽつりぽつり、思い出の中を旅するような目で喋り始めた。

「私は気づかなかったんだけど、うちのお母さん…私を虐待してたんだって。確かに始終怒鳴られてたけど、怒鳴られるだけでも虐待だなんて思わなくて…。それで、私が死のうとした後でお父さんがお母さんと話してみたけど、「虐待だ、虐待だ」って大変なことになっちゃって…親権のことで、裁判とかあったみたいだし…」

僕は彼女の“あの頃”が想像していた様子と大して変わらなかったことに、胸を痛めた。何よりユリに当事者意識がほとんどないらしいのが、彼女には受け止め切れない現実だったのではないかと思わせるから、余計に辛かった。

「それで、とりあえずクリニックに通って、カウンセリングとか受けたけど…ダメだった。カウンセラーさんにも話すのも、あんまりできなくて…。でも、なんとかやってるよ。ちょっと不安定だけど」

最後の言葉を言ってからユリは付け足しのように笑い、なんとか笑い話にしようとした。でも、おそらくは彼女は、まだ誰にも心の底を話したことはないのだろう。“僕が聞けることでもないんだろうな”と、僕はちょっと下を向いた。

「そう…それは、辛いね」

本当に辛いだろうなと思った。なぜって、ひどく辛い心を吐き出すことも出来ずに明るく振舞うのは、二重に辛さが襲い来るからだ。僕もそれを知っている。僕はそれをユリに話そうかとは思ったけど、彼女の傷を勝手に暴くようなことになってしまいそうで話せなかった。

「まあ、でもあの頃よりは全然楽かな」

そうやって君は自分の傷を小さく小さく見せる。きっと気づかないんだろう。周りの人間は、おそらく一人残らず、“この子が今に死んでしまうのではないか”と見抜いていて、びくびく心配しているということには。ユリは指を組んで上に上げ、うーんと背中を伸ばした。

「…ところでさ、なんで今日は制服で来たの?」

“君が制服で居ると、僕が怪しまれちゃうんだけど…。”と思いながら、僕は聞いてみた。するとユリはあっけらかんとして、こう話し出す。

「そうそう、制服!私たち知り合ったばかりの頃って、私めちゃくちゃ具合悪かったみたいでね、もしあのままだったらこんなの着ることもなかっただろうなって思ってたんだけどー…。まあ、今は上手くやってるよって報告したかったし、それで着てきたの!」

僕はそう言われて、思わず胸が高鳴った。なぜって、それはユリが少しでも僕を友人として大事に思ってくれているからだろうし、彼女の心の中に僕が居たのだということに、ちょっと泣きそうになった。それをごまかすのに僕は目元をこする。

「なんだ、そうだったんだ。ありがたいよ、本当に、良かった。でもさ、今度からは私服で頼むね。僕、犯罪おじさんになっちゃうからさ」

そう言ってちょっと笑って見せると、ユリは「やだ!ほんとだ!でも、違うもんね、友達だし!」と言って恥ずかしそうに笑っていた。僕も「まあそうだけど」と言って同じように笑った。僕の胸にはつららのような痛みが刺さったけど、僕はそれを必死で無かったことにした。




「ハーベスト」でユリの高校の成績がわりあい良いことや、僕の教えている生徒の中で面白い子が居ただの、他にもいろいろと話をしてから僕たちが向かったのは、カラオケだった。ユリはどうやら昔から歌が好きらしく、前から僕と一緒に来たかったのだそうだ。僕たちはよく音楽の話もしたし、ユリは僕の好きな昔のロックも少しだけ知っていたから、「洋楽歌ってよ!」と言われた。

カラオケのエレベーターを降りてフロント階に着き、カウンターで名前を書こうとしたときだ。ユリがふと、僕の書いている名前を覗き込もうとして、思い切り僕の手元に近寄り、僕たちは肩がぶつかった。

「わあ、字、綺麗だね」

ふわりと花のような香りがして、でもそれは香水などではなく、まるでユリの名前から香っているようだった。僕は自分の気持ちを“何時間歌うことにしようかな”ということに集中させようと頑張るのに、ユリの気配が醸し出すすべてに耳を傾けようとする自分が恨めしかった。



ユリは流行りのポップスや、それから少し古い日本の曲、あとは最近の洋楽など、いろんな曲を歌った。英語の曲も難なく歌うことが出来たのは、前にユリから聞いた、「幼い頃は英語を習ってたんだって。覚えてないんだけどね」という台詞が関係しているのだろう。

その歌声は透き通って高く、精一杯声を出すユリは、可愛らしかった。

僕は昔バンドでギターを手にしていた頃のことを思い出して、レッド・ツェッペリンの“ロックンロール”をまず歌った。ユリは急に速く激しい曲が始まったことにびっくりしていたけど、僕が歌い終わると、拍手してくれた。

「すごい!なんでこんなの歌えるの!?声もすごく大きいね!かっこいー!」

そう言ってユリは喜んで手を叩いている。僕はそんなに褒められるとちょっと恥ずかしくて、「大したことじゃないって」とだけ言った。