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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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「さよならを言うために」1~5話

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日々が過ぎてゆく。ユリと別れ別れになって一年ほど経つと、僕はかつての友達とまた遊び歩くようになっていた。それは僕が二十代の頃、僕が家で倒れていると決まって現れて僕を病院に担ぎ込み、目を覚ますまで待ってくれていた奴だった。名前は「東野雄木」。僕と同い年で、高校の頃からの仲だった。学生時代は麻雀仲間だったし、僕が大学に進んで東野が車の整備士になってからも連絡を取り合い、たまに僕の家で朝まで話し込んだ。東野は僕を喜ばせようと下手な冗談を言ったりして、僕が笑うと東野も嬉しそうにしているのだった。



その日、僕と東野は新宿に繰り出した。僕は給料が入って懐都合が良かったし、東野はやけに浮かれて騒ぎっぱなしだった。「文ちゃん、飲もう!」と僕を急かしては、東野は僕のグラスにどんどんビールを注いだりワインをぶちまけて笑っていた。僕は女みたいなあだ名で呼ばれてついつい「文ちゃんはよせよ」と言ったが、「なんだい、別にいいじゃねえか」とそのたび東野はぷいっと横を向いてしまうのだった。




「あー、気持ちわりぃ…」

「そりゃああれだけ飲めばな…」

「俺たちってバカだよなぁ…」

「そうだな…」

僕たちは新宿の裏路地を歩いていた。帰り賃はあるにはあったが、電車がもう無かった。「新宿駅前でどっか座れるところを探そう」と二人で決め、そこまで歩いて行く途中だった。

「そういやあよぉ文ちゃん」

「ああ?」

不意に東野にまた変なあだ名で呼ばれて、僕は少し苛立ちながら返事をすると、東野はそれまで何も言っていなかったのに、突然こう言った。

「俺ぁ知子と別れたんだぜ。だから、これからは一人で自由気ままに生きるんだ」

僕は思わず、後ろをついてくる東野を振り返った。「知子」とは、東野が長い間仲の良かった奥さんだ。東野は僕に向かってにかっと笑ったが、それはどこか恨みがましく見えて、禍々しいとも言えるような、ひん曲がった笑い顔だった。僕は黙って前を向き、しばらく歩く。

「東野…」

「なんだよ」

後ろから返ってくる声はやっぱりのん気な東野の声だった。一体知子さんと東野の間に何があったのか知らないが、僕は東野を慰めたかった。でも、離婚なんてものをした東野からすれば、僕の悲しみなんか小さくてつまらないかもしれない。

「僕もこの間失恋したよ」

僕がそう言うと東野は後ろでぷっと吹き出して、立ち止まって大声で笑い始めた。よほど酔っ払っていたのか、東野はしばらく笑うのをやめなかった。僕は、東野が僕を馬鹿にするはずなどないと知っていた。だから東野が“手痛い目に遭った男二人がつるんでいる”のが滑稽で笑っているだけだと、分かっていた。それからやがて笑うのをやめたときも、東野は落ち込んだ顔など見せなかった。

「あー、こらぁおっかしいや。じゃあよ!もう一軒行くか!」

そう言う東野に「もう金がない」と言うと、「じゃあおごるぜ、これからは嫁に渡す分もねえからよ!」と、東野はまた笑った。“どいつもこいつも、悲しいくせによく笑うな”と思って、僕はまたユリのことを思い出した。




それから一時、東野と僕はよくつるんで飲んで歩いたが、ある頃から僕は東野を避けるようになっていった。

東野は奥さんだった知子さんを忘れることが出来ずに、酔っ払ってタガが外れると「知子…知子…」と名前ばかり呼んで、いつも酔いつぶれるまで飲むようになった。それから、「飲み代を立て替えてくれ」と何度か言われ、最後に断ったときには気に入らなそうに「なんでぃ、けちん坊」と言い、店を出ると東野は僕を置いて、ずんずん歩いて行ってしまったのだ。

僕は東野の暮らしや人柄が荒れていっているのが分かったし、付き合い切れないと思った。でも、僕が死にかけると必ず救ってくれた東野を見捨てるなんて、容易に出来ることじゃなかった。“このままじゃダメだ。それに、僕には無理だろう。”誰か聞いてやる人が居るなら、東野は知子さんの名前を呼び続けるに違いないし、どちらにしろ、僕に今の東野を支え切ることなど不可能だった。

僕は東野の電話番号を着信拒否リストに設定して、“家に押しかけてきてもドアは開けないでおこう”と思った。でも、東野は家には来なかった。何もないまま五カ月ほどが過ぎ、僕はそのまま東野のことを忘れてしまった。僕は自分の苦しみにも気を取られていたからだ。