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短編集83(過去作品)

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 絶えず人を見つめているなど、四六時中そばにいないとできないことだ。すぐにそんなバカな考えは打ち消していた。
――やっぱり被害妄想なんだな――
 そう思えばすべてが解決する。
 時々自分がどんな顔をしているのか気になる時がある。それは表情という意味でもそうなのだが、顔という意味でも気になるのだ。
 鏡を見ない限り、自分の顔を見ることはできない。一番身近なのに、自分の顔を一番見ることはない。誰もそのことを不思議に感じていないだろう。当たり前のこととして生活をしているに違いない。かくいう真崎もそうだった。
 だが、誰かの視線を感じるようになってから、急に自分の顔が気になってきた。朝出かける時も無意識に鏡の中の自分をいつも確認している。
――いつも同じ表情だ――
 何も考えていない、それこそ無表情な自分が向こうにいる。鏡を覗く時は、なるべく何も考えないことにしているから当然といえば当然である。表情がある方がおかしいのだ。
 いつも無表情な自分ばかり見ていると、本当に自分の中に喜怒哀楽があるのか信じられなくなる時がある。鏡の中の自分に喜怒哀楽の表情を浮かべることができなくなっているのは、時々そんな考えが頭をよぎるからだろう。
 真崎は時々、自分が誰かを見つめている意識がある。見つめている相手はいつも同じ人なのだが、顔がハッキリしないのだ。湯布院で見かけた男だったり、電車の中から喫茶店で見かけた男だったりする。
 だが、それは一回だけではない。何度も見つめているようで、彼らとそう何度も出会ったはずもないのに感じるのだから、きっとそれは夢の中でのことだろう。
 しかし、最近では、それが自分自身ではないかと感じている。鏡を見て無表情な自分しか知らないはずなのに、一瞬だけ見る時は無表情な自分が、しばらく見つめていると、含み笑いのような表情を浮かべることがある。ぞっとするような笑顔、本当に自分の顔なのか信じられない。
 自分が見つめていると感じる時、それはほとんどが夢の中である。夢の中には二人の自分が存在し、一人は主人公である自分。そしてもう一人は夢を見ている自分。ずっと以前からその二人がいることは自覚していた。
 夢を見ている自分はあくまでも客観的に見ていて、夢の中に登場するわけではない。きっとどんな時でも無表情なのだろう。鏡を見る時無表情になるのは、きっと夢の中の客観的な自分が見つめているからに違いない。
 夢の中の二人の自分は、現実の中でも存在するのだ。時々意識することがある。客観的な自分が表に出ている時と、主人公でありたい自分が表に出ている時、だが大抵は、客観的に冷静な自分が表に出ている時が多い。自分の行動を他人事のように冷静に見つめている自分を意識しているからだ。
 だが、最近自分を見つめているのは男だけではないような気がする。女性に見つめられているように思うのだが、その女性も自分に輪をかけて冷静な視線を感じる。それだけ強い視線で、視線は時には優しく感じられ、ほんのりとした甘い気分に浸れることがある。そんな時は、視線の優しさを甘んじて受け入れるようにしているが、相手がいつも同じなのは、間違いのないことだろう。
 自分が感じる視線、それはきっと、客観的に見ている自分に違いない。元々、何も考えないでもいいような、気持ちに余裕のある時ほど余計なことを考えてしまう真崎は、とにかくいつも何かを考えていないと気がすまない性格である。
 温泉にいる時でも、楽しい気分の中でこれから進もうとする新しい社会への不安を絶えず頭の中に抱えていた。考えないようにしようとすればするほど、学生時代の楽しかったことを思い出し、もう前には戻れないことを痛感しながら過ごしていた。楽しければ楽しいほど戻れないことを痛感する。やりきれない気持ちにもなったりする。
 そんな時に視線を感じるのだ。きっと他人事のように感じている自分を、客観的にもう一人の自分が見つめている。そんな気分になっていたに違いない。
 しかし、真崎は思う。
――客観的に見ている自分は、いつも自分のそばにいるのではないだろうか?
 それは主人公である自分の精神状態で、感じる時と感じない時があるだけで、いつも見つめられていると考えるのも間違いではない。きっと別の世界が存在していて、そこから客観的に見つめる自分がいるのだ。
――別の世界の自分――
 それが夢の中の自分ではないだろうか。夢の中でだけもう一人の自分と、主人公である自分を行き来できる。
 夢というのは、目が覚める一瞬に見るものらしい。どれだけ長い夢を見ていようともそれは一瞬の出来事なのだ。だからこそ、夢と現実を主人公である自分は彷徨っていると考えることもできる。
 最近、自分を見つめている女性、優しさを含んでいるが、顔をハッキリと確認したわけではない。電車の中で気になった女性、彼女の視線を痛いほど感じる。誰か男のそばにいることでだけその存在を見ることができるのかも知れない。
 大学時代、
――これほど好きになる女性は、もう現れないだろう――
 と感じた女性、その妖艶さを思い出した。
 それにしてもそばにいた軽薄な男、彼は自分とは似ても似つかないと思っていたが、あれこそが学生時代に残してきたもう一人の自分ではないだろうか?
 いずれ、彼女は真崎の前に現れるだろう。その時は、客観的に見つめている夢の中の自分と一緒に……。

                (  完  )

作品名:短編集83(過去作品) 作家名:森本晃次