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狐鬼 第一章

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部員も誰一人、いなくなった屋内水泳場
制服姿のまま、プールサイドに腰掛けた人影は足を競技用プールに入れている

時折、お道化て水面を蹴り上げる音が響く
お陰で制服のスカート所か、半袖のブラウス迄もずぶ濡れだ

だが、そんな事もお構いなしに人影は蹴り続ける

硝子張りの窓外、今宵の月が浮かぶ
射し込む光が黒一色の競技用プールの水面に煌き、揺らぐ

軈て、飽きたのか
蹴り上げる足が不意に止まる

項垂れる、其の顔面には雫が伝う

其の肩が震える
其の唇が震える

微かな嗚咽が漏れ聞こえるも直ぐ様、呑み込む
此処には自分一人しかいないのに俯く人影は必死で堪える

嫌だ、嫌だ
負けたくない、負けたくない

思えば自分は「勝ち」「負け」以外に物事を図れないのか

なら

いいの?

此のままでいいの?
此のまま奪われてもいいの?

「やあ、めて… っ」

頭を抱え込む、人影が絞り出すような声で叫ぶ
耐えられず両手の平で両耳を塞ぐ

だが、囁く声は止まない
幾ら拒絶しようと受け入れるしかない

其れは自分の声なのだから

「やめて、!」
「友達なの、友達なのよ!」

「だから、やめてえええ!」

瞬間、腕を掴まれる
其の行為よりも、其の触れた手の冷たさに人影は息を呑む

顔を向ける、自分の傍ら
低い心地良い、ゆったりとした声が競技用プール内に響く

「本当に友達なのかな?」

言葉もなく見詰める
何処迄も優しい声の主に見覚えがあるのは気のせいだろうか

少し癖のある黒緑色の前髪の奥、何かが鈍く瞬く
肌の色素が少ないのか、闇の中で声の主は人形のように映る

プールサイドに自分同様、腰掛ける
声の主は片足を抱えるように引き寄せ、其の膝に顎を乗せた

そうして此方に顔を向ける、黒目勝ちの眼が微笑む

不思議だ
声の主は何時から、其処にいたのだろう

何故、競技用プールに投げ出す
もう片方の足所か、腰掛ける下半身すら濡れていないのだろう

幻か

思わず、其の頬に触れようとする
途端、声の主がくすっと笑うので間際で引っ込めた

「僕はね」
「君の笑顔がお気に入りだったんだよ」

自分はスポーツ馬鹿
勉強はするが読書は眼中になかった
是非、自分に「好きだ」と言う読書の魅力を教えて欲しい

臆面もなく
自分をスポーツ馬鹿と、白状する君を本当に可愛いと思ったんだ

喩え、誰よりも利口だと自負した上での裏返しでも(笑)

「出来れば、君の助けになりたいんだよ」
「僕は君に笑っていて欲しいから」

「ちどり」

名前を呼ばれて、気が付いた
目の前で、やんちゃそうな笑顔で笑う声の主が誰か、気が付いた

「たか」

作品名:狐鬼 第一章 作家名:七星瓢虫