狐鬼 第一章
此の髪型は「マッシュウルフ」と、でもいうのだろうか
襟足、長めの黒髪に当校の制服に身を包んだ
一見、問題なさそうな男子生徒だが
顔に掛かる前髪の隙間から覗く、翡翠色の双眸は誤魔化せない
「何をしているんですか?」
一目散に渡り廊下を引き返し
昇降口迄、引っ張ってくると隅っこに押し遣り問い詰める
彼女に白狐は答えない
声を殺す、其の口調は明らかに震えている
余計な事を言って火に油を注ぎたくない
其れでも暫く、睨み合っていた二人だが
当然、諦めるのは彼女の方だ
白狐の、其の翡翠色の眼を見詰めるも
決して覗き込まない
覗いたら最後、魅入られる
瞬時に学んだ事だ
此れ以上、見詰めるのは危険だ
「…何ですか、其の格好は?」
取り敢えず問い質す
目線を逸らす彼女の、此の質問に白狐が朗朗と答える
「見習った」
成る程
藍白色の着流し、腰迄ある白髪は
此処(現代)では不自然と理解しているのか、其れは良かった
しかし、毟った此れは白毛なのか?
徐に其の制服の袖口に触れて
「自由自在なんですか?」と、毟りたい衝動を抑え首を傾げた
彼女に白狐が「御茶の子さいさい、だ」と、胸を張る
ならば、眼の色も如何にかならないのか?
若干、思うも言葉にはしない
「彼奴は邪だ」
何の前触れもなく宣う、其の言葉に彼女は目が点になる
白狐の話しは何時だって唐突で意味を模索するのに時間を要す
「彼奴」、って誰?
考え倦ねる、其の様子に「相も変わらず鈍感だな」
と、聞こえるか聞こえない程度の声で悪態を吐く白狐が大人しく待つ中
「多分、みや狐が無神経に絡んだ、ひく先輩の事だ」
と、彼女は辿り着く
「よ、邪って真逆?!」
考えたくない
考えたくないが此の状況になって理解した事がある
「魔」は日常だ、という事だ
「ちどりがあ!」
「ちどりがあ危ない!」
其の思考に至るのに時間は掛からないし、尤もな懸念だ
縺れながらも踵を返す、彼女の腕を造作無く取る白狐が否定する
「違う」
「お前に対して、だ」
「だあ!、だからあ!」
白狐の手を振り払うのではなく
「一緒に来て!」と、縋って訴えるも何故か外方を向く
様子に怪訝そうな表情を浮かべて、勢いを下げる
「たかみたいに…、って事じゃ ないの?」
彼奴の腕を掴んだ時、彼奴の心緒を読み取った
其処はすずめ、お前一色だった
今のお前は、あの引き詰め髪の少女の事で一杯一杯だがな
と、彼女の腕を離す、白狐が吐き捨てる
「近寄らせる訳にはいかない」
そうして自分の腕に縋り付く、彼女の手を解きながら思う
何故、俺はそんな事を思うのか、と
其れは、すずめが俺の巫女だからだ
そうだ、巫女だ
そうだ、唯の巫女だ
其れ以上でも其れ以下でもない筈
では何故?
堂堂巡りの問答に自分自身、不可解で戸惑う
途端、彼女が腹を抱えて笑い出す
「あは!」
「あははは はははは はは!」
白狐の心中等お構いなしに笑い続けるも、笑い過ぎたのか
噎せる彼女の背中を「大丈夫か?」と、擦る白狐に頷いて答える
「、変な事、言うから あ」
「俺のせいか?」
「、だったら如何 します?」
「すまん」
思い掛けず、すんなり謝罪した
白狐に彼女も、ばつの悪そうな顔で謝る
「私の方こそ笑ったりして、ごめんなさい」
「でも」
「ひく先輩には、ちどりがいるから大丈夫ですよ」
其れは当たり前の事ではない
と思うも其れ以上、白狐は押し黙る
所詮は下衆の勘繰りでしかない
暫く、屈み込む自分の背中を白狐に擦って貰っていたが
続続、下校する生徒達の、ちらちらと此方を窺う視線に気が付いた
彼女が慌てて立ち上がる
「すずめ?」
首を傾げる、白狐の腕を引っ張り歩き出す
不味い、此のままだと目撃者が増える一方だ
抑、藍白色の着流し、腰迄ある白髪でなくとも
此の白狐の存在は目立つのだ
其の透いた肌の白さといい
其の人並み外れた顔立ちといい
其の翡翠色の眼に魅入られたら、御仕舞だ
下校する生徒達の目を盗み
下校する生徒達の群れに紛れて
正門を目指す彼女(と白狐)の前に陣取る、強面の年配教諭が現れた
日課の、出迎え・見送りだ
「あわ、あわ」する彼女は何を思ったのか
白狐の前髪を前へ前へと垂らし、更に其の顔を隠そうとする
余計に不審さが増す気がするんだが
(其れ以前に姿を消せばいい話し)と、思うも為すがままの白狐が呟く
「さ狐(こ)みたいで、面白い」
「さ狐、?」
其れは名前なのか?
聞き返す彼女に白狐は答えずに唇を吊り上げる
「如何する?」
「駅前の、かふぇ↑とやらに行くか?」
信じないと思うが一度は、あのまま帰ろうとしたのだ
だが、彼奴(ひく先輩)の存在を見過ごせなかったのも事実だし
「めるへんぱふぇ」と、やらの誘惑に勝てなかったのも本音だ
と、言うでもなく白狐は開き直る
彼女は彼女で白狐の提案を受けて
其の藍媚茶色の目を見開きながらも忠告した
「本当に眩暈起こしますよ、メルヘンパフェは」