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狐鬼 第一章

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屋内水泳場を繋ぐ
渡り廊下を巫山戯ながら歩く

先を行く、硝子張りの両開きの扉に手を掛ける
ちどりが押し開け、恭しく御辞儀をして彼女を招き入れた

休憩場を兼ねた広間

右に続く通路は屋内水泳場入口
左に続く通路は更衣室、他諸諸の設備室だ

下り口、上り口を柵で仕切られた
通路幅の広い正面を進めば突き当たる階段
其れを上れば二階、三階部分の観戦席へと辿り着く

軈て目の前に広がる壁一面、硝子張りの窓外
薄暗い通路からの、多少の暗転で茂り合う緑が眩しい

観戦席の椅子に通学鞄を置く
ちどりが「じゃあ、着替えてくるね~」と、水泳用鞄片手に
今、来た通路を引き返す

「ち~どり~」
「す~ずめちゃ~ん」

声がする、プールサイドを見遣れば
ジャージー姿の、彼の男子水泳部員が笑顔で手を振っている

観戦席階段を下り掛ける、ちどりも手を振り応えるが
男子水泳部員は両手の平を向けて「待ってて!」と、合図した

前述した通り

此の学校には
女子生徒の間に暗黙の了解が存在する

「美しい花は手折る事無く、皆で愛でよ」精神だ

憧れの的である、男子生徒には告白は疎か
親し気に話し掛ける事も御法度
致し方無く接する場合は一定距離を保つ事が義務付けられている

勿論、馬鹿馬鹿しいと思うが何故か逆らえない

誰の理解を得て
誰の納得を得たのか知らないが
彼の男子水泳部員も「美しい花」の一人だ

彼の男子水泳部員事、ひく先輩は二年生
水泳部の副部長で、ちどりの彼氏だ

今更だが入学式後の部活紹介、ひく先輩が講堂の壇上に上がった瞬間
所所で色めき立った、あの空気は気のせいではなかったのだ

しかしながら、そんな暗黙の了解も雰囲気もお構いなしに
「花」に触れる女子生徒が此の学校には一人、いる

言わずもがな、だ

「花」に一目惚れした、ちどりが猛攻撃した結果
見事、ひく先輩を手折る事に成功した

比喩的には「女性」相手に使う言葉だが

若し、男子生徒の間でも「美しい花」精神があるのならば
間違いなく、ちどりは其の「花」の一人だろう

兎にも角にも、お似合いの二人に文句を言う権利等、誰にもない

プールサイド側から観戦席に出て来る
通路階段を駆け上がってきた、ひく先輩に挨拶した

「先輩、今日は」
「ちどり同様、部活三昧の夏休みは如何でした?」

「最高!」と、息を弾ませ答える、ひく先輩を二人で出迎える

取り繕った笑顔のまま
ちどりが「本当、水泳馬鹿」と、日日?の不満を自分に耳打ちするが
其れでも合間を見付けては二人で過ごしていたんだろうなあ
と、普通に羨ましがる彼女に、ひく先輩は問い返す

「すずめちゃんは?」
「すずめちゃんは何処かに行ったの?」

其の話題は不味い
意図的に言葉を濁す、すずめの隣で、ちどりが助け舟を出す

「其れよりさ、此の後、お茶するんだ」
「先輩も如何?」

ならば、自分は遠慮した方がいいかも
と、口から出掛けるが、ちどりが小悪魔的な瞬きで押し止める

二人は一応?、公認の仲だが
公衆の面前は元より自分の前でも「公認の仲」を振る舞う事はない

振る舞う所か
ちどりは、ひく先輩との事を余り語らない

自慢したい事もあるだろうに
愚痴りたい事もあるだろうに耳打ち程度に収めている

変な所、乙女で意地らしい

「焼肉行こう!、焼肉!」

「はあ?!」
「お茶って言ってるよね?!、私」

言いながら、ひく先輩の撓やかで逞しい逆三角形の肩を小突く

其れでも不服そうに
唇を尖らす其の顔を見上げて北叟笑む、ちどりが止めを刺す

「当然、駅前の「メルヘンカフェ」に決まってるじゃない!」

ひく先輩同様、自分も絶句する

彼処は女子同士でも緊い
其の店名通り、とんでもなくメルヘンチックな店なのだ

如何にもこうにも筆舌に尽くしがたい

奇抜な雰囲気の店内は視覚、聴覚は勿論の事
味覚にすら訴えかけてくるものがある

「嘘だろ?!」

全力で否定する、ひく先輩に自分も同意見だ
そんな二人を前に一歩も引かない、ちどりが切って捨てる

「私は「メルヘンカフェ」の眩暈を起こす程、甘甘で!」
「毒毒しい色合いのメルヘンパフェが食べたいの!、だから!、決まり!」

其れは冗談なのか、本気なのか

何方にしても可笑しくて吹き出す
自分に続いて、ちどりも笑い声を上げた
ひく先輩も「勘弁してくれよ」と、零すも軈て釣られて笑い出す

そうして三人が爆笑する中
何処からか、何時からか馬鹿笑いが交じる

「え?」

と、最初に気付いたのは、ちどりだ
ひく先輩の隣で顎を上げて馬鹿笑う、制服姿の男子生徒に目を見張る

其の視線に気が付いて見遣る
彼女の、口角が上がった口元が思い切り歪む

ひく先輩に至っては
「制服姿の男子生徒」を刺激しない為か
緩りとした動きで身を退きながら自分達の方へと逃げてくる

突然、其の腕を制服姿の男子生徒に掴まれた

「ひいい?!」

思わず調子外れの声を上げる
ひく先輩が覗き込む制服姿の男子生徒の顔を真面に見た瞬間
前髪に隠れる其の眼と搗ち合う

「!!ごめん!!」

突如、謝罪し出す彼女の声に
ちどりも、ひく先輩も制服姿の男子生徒から目線を外す

「用事、思い出しちゃった!」
「お茶は今度、誘ってね!、ね!」

両手の平を合わせて、ぺこぺこする彼女が
ひく先輩の腕を掴んだまま、離さない其の手を勢い良く引き剥がす

そして無言のまま、制服姿の男子生徒を引っ張りながら
観戦席階段へと消えていく

呆然と、彼女と制服姿の男子生徒の背中を見送った
ちどりと、ひく先輩が不意に顔を見合わせる

「誰?」
「誰?」

お互いに訊ね合うも、お互いに首を振った

作品名:狐鬼 第一章 作家名:七星瓢虫