狐鬼 第一章
彼の説明に因ると此の平屋造りの離れ家には
私達がいる八畳一間の他に台所、御手洗、風呂場のみで
玄関はない
台所、御手洗、風呂場が設備されている以上
法律上「離れ」とは言えないが便宜上、そう呼んでいるそうだ
各場所には明り取りの窓はあるが
人が出入り出来るのは八畳一間に面している掃き出し窓だけだった
じゃあ、あの嗄れた声は何処から何処へと消えたのか
真逆、あの掃き出し窓から話し掛けていたのか
違う、あの声は直ぐ側から聞こえた
如何して
如何して、こんなに気になるんだろう
つい額の手拭いに手を伸ばす
熱くなってる
自分の行動に気が付いた彼が「遣るよ」と手を差し出す
「有難う」と答えて手渡す手拭いを彼は氷の浮かぶ洗面器に沈める
硬く絞った冷えた手拭いが額に触れると其の気持ち良さに長息が出た
そうだ
嗄れた声を聞いて、直ぐ起きた自分が確認出来ないなんて可笑しな話だ
透明人間のように姿を消す事も
透明人間が存在する事も有り得ない話だ
チリリ チリ、リ
涼な音色が響く
彼が風鈴の舌に下がる短冊に息を吹き掛け奏でる、音色
嫌な声は風鈴の音色が消してくれる
自分の言葉を信じてくれた彼のように
自分も彼の言葉を信じよう
深く息を吸って深く息を吐いて
風鈴の音色に耳を傾ける
染み入る、其の音色に私は心が安らいでいくのを感じた