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狐鬼 第一章

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耳元で
途切れ途切れ、嗄れた声が言う

「 今宵は 」

「 今宵は巫女 」

幾層にも重なる、聞き取り難い耳障りな声

みこ?

反応する自分が思い描く

みこって、巫女さん?

そうして身体を動かそうにも動かない
瞼も重く開きそうにない、丸で睡眠麻痺状態

此れって如何いう状態なの?
私ってば如何いう状態なの?

僅かに動く指先が固い布に触れる
足元から撫でる風が頬に触れる

不意にゆったりとした低い声が笑う
聞き覚えのある其の声は如何しても忘れたくなかった声

「たか?」

如何にかして薄っすら瞼を開く
其れでも狭い視界の中、何とか其の姿を見留める

横になる自分の傍で片膝を立て座る彼が笑っていた
黒緑色の髪が緩やかに風に靡く

窓際の一番、後ろの席
机に頬杖を突きながら其の足を組む
そうして彼は始業前の一時を読書に耽る

私の席は彼の隣

彼の影響でもあり親友の、ちどりの薦めもあり
新作の文庫本を片手に自席へと向かう

彼の読書の邪魔をしないよう、静かに通学鞄を置くけど
毎回、気付いた彼が其の整った顔を上げる
そして一旦、本を閉じ笑顔で言うのだ

「おはよう、すずめ」

私は懐かしさに思わず泣きそうになる

「たか」

漸との事、彼の名前だけ口にする自分に
笑顔で何度も頷く彼も戸惑いを隠せずに声を掛ける

「驚いた、倒れてたから」

確かに自分も驚くと思うし
家族も自分の行動に呆れると思う

きっと彼のご家族にも
其処迄考えて、先程の声を思い出した

そうだ、あれは彼の声じゃない
だからといって彼のご家族の声とも思えない

あれはもっと、違う

無意識に耳を澄ませる
先程迄、雑音のように漏れていた声が今は聞こえない

「如何したの?」

余程、不安が顔に現れていたのか
心配した彼に聞かれたら自分は素直に答えるしかない

「声が、したの」

「声?」

聞き返す彼に頷き、上半身を起こす
八畳一間程の、此の部屋には電子機器の類は見当たらない
暈ける視界に瞼を擦る自分が見付けられないだけなのかも知れない

「大丈夫?」と手を貸す彼が付け足す

「誰もいないから、ゆっくりして」

彼の言葉を疑う訳ではないが、あの声は鮮明に響いた

「嘘」

思わず口を衝いて出た言葉に彼が困った顔をする
急いで謝ろうとするも彼の方が先だった

「嘘、吐いて如何なるの?」

「そうだね、ごめんね」

彼の言葉に頷くも何故か納得出来ない自分がいるのも本当だ
だから此れだけは言わせて欲しい

「凄く嫌な声だったの」
「あんな声は聞いた事ないから、本当にごめんね」

チリリ、ン チリ、ン

響く音が涼を届ける
誘われて目を遣ると其の音の主は
内縁の向こう、開いた掃き出し窓の軒下にぶら下がる
瑠璃紺色の川を泳ぐ、赤紅色の金魚が描かれた硝子風鈴だった

「綺麗な音」

何気無く出た感想だった
だけど、傍で立ち上がる彼が「あげるよ」と返すのは予想外で
止める間もなく、軒下から風鈴を外すと自分の目の前へと差し出す

別に欲しかった訳ではない
彼は慌てふためく私の腕を取ると其の手の平に風鈴を乗せた

「嫌な声を消してくれるよ、すずめ」

信じてくれなくてもいい
信じる振りをしてくれるだけでいい

目を細め笑う彼に私の胸は高鳴る
掴まれたままの腕から、此の胸の高鳴りが伝わりそうで狼狽える

「たか、えと」

出来れば即刻、手を離して欲しい
言い淀む自分に突然、彼が険しい声を上げる

「あれ?脈、速くない?」

「え?」

「未だ、横になってた方がいいよ!」

言う也、肩を押され敷布団の上に倒される
咄嗟に手にした風鈴を落とさないように胸元に抱え込む

彼は彼で枕の位置調整をする為なのか
自分の頭を片手で軽軽、持ち上げる

そうして気が付いた
枕が冷たい、此れは氷枕だ

彼の顔が間近に迫る
彼の髪が香気を残す

私は精神的にも肉体的にも一気に逆上せる

「顔が赤いし、もう少し冷やした方が良さそう」

呟く彼の手が額に触れ、頬に触れた瞬間
思わず瞼を閉じた

立ち上がる、部屋の奥へと向かう彼の足音を聞きながら
私は改めて彼に告白する事、其れが至難の業だと思い知った

作品名:狐鬼 第一章 作家名:七星瓢虫