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狐鬼 第一章

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居ても立っても居られない
彼女が、しゃこにも負けぬ勢いで階段を駆け下りる

居間の長椅子に腰掛け
朝刊を広げる父親が「何事か?」と、其の顔を上げた

しゃこに叩き起こされたとはいえ
二度寝をする我が子が起きて来るとは珍しい

「何かあるぞ」と、父親は睨む

其の「何か」は安易に想像出来るが、父親は再び朝刊に目を落とす

台所で朝食作りをしている
母親の背中に意を決した彼女が食卓机越しに話し掛けた

「、旅行用鞄を取りに行きたいんだけど、明日」

本当は明後日でも明明後日でもいい
何なら今直ぐでも、いい

「何?」

母親の許可さえ下りれば、の話しだ

鼻歌交じりで聞き直す母親は振り返りもしない
明らかに人の話しを聞く態度ではない

だが、彼女も負けじと繰り返す

「、ロッカーに預けてる旅行用鞄、取りに行きたいの」

「だから嘘でしょう?」

「え?」

言いながら母親は冷蔵庫へと向かう
彼女も食卓机を横切り、母親の傍らに向かう

「財布も携帯も失くしたのに?」
「旅行用鞄だけが無事なんて嘘でしょう?、て話し」

何て事だ

「旅行用鞄はロッカーに預けてある」
病室で説明した其の言葉を抑、母親は信じていなかったのか

母親の言葉を受けて彼女は慌てて訂正する

「違う違う」
「あるの、預けてあるの」

冷蔵庫の奥から卵の容器を取り出す母親が空笑う

「えー、超過料金大変な事になってない?」

「其れは大丈夫」

神社の境内に置きっぱなしだ
多少の雨風にも耐えてくれたと思いたい

言い切る自分に不審顔を向ける母親に畳み掛ける

「其れは貯金から払えるから大丈夫」

「でも、そろそろ限界」
「だから」

「無理」

卵を一つ、摘まみ取り
調理台に軽く打ち付け、傍らの鉢に割り入れる

二個目の卵も同様に割り入れる
母親を見詰める彼女に三個目の卵を摘まみながら再度、言う

「無理」

砂糖は大匙二杯、塩は少少
家族は出し巻き玉子より甘めの厚焼き玉子が好みだ

立てる菜箸で白身を切るように掻き混ぜる
母親は上の空だった

我が子の行動が可笑しいのは入院時に理解した

怪我にしたって
着物にしたって

財布にしたって
携帯電話にしたって

納得のいく説明等、皆無だ

「娘を信じろ」

何時でも信じている
何時だろうと信じている

だが、今回は間隔が短すぎる
外出禁止令中だし、そう簡単に了承出来ない

力無く頷くも諦めきれない彼女が食らい付く

「でも」
「でも、大切なモノが入ってるし」

言った後で言葉を失う

「何?
「大切なモノって、何?」

母親に問われても彼女は返事が出来ない
自分自身、誤魔化そうとしたけど誤魔化せなかった

矢張り、あれは大切なモノなのだ

何もかも嘘でも
何もかも瞞物でも、あれだけは本物だ

其の言葉は嘘じゃない

「凄く、大切なモノ」

如何にか答える我が子に内心、母親も困っていた

普段の我が子なら疾うの昔に諦めている筈なのに
今日は一向に退く気配がしない

父親も感じたのだろうか

徐に卓子に朝刊を畳んで置く
長椅子から立ち上がると二人の元、食卓机に腰を掛けた

「心配なら母さんが付き添えば、いいんじゃないかな?」

「外出禁止令」を発動した張本人である
父親からの思いも寄らない助け舟に彼女は期待を込めて母親を見詰めた

だが、無情には母親は船を沈める

「あら駄目よ」
「明日は母さん、歌舞伎鑑賞に誘われたんだから」

瞬時に有望から絶望に突き落とされた彼女は珍しく、毒ずく

「歌舞伎って、年寄り臭い」

刹那、場の空気が凍り付く

目の玉を引ん剝いて彼女を凝視する
母親の視線に気付き、言い消そうとするも時、既に遅し

「誰が?、年寄り?」

必死に頭を振る彼女に寄り迫る、母親

「歌舞伎は日本が誇る」

見るに見兼ねる父親が二人の間に入るが

「!!!伝統芸能でしょーーーがあああ!!!」

見事、母親の雷撃を食らい暫し、固まる
其の父親の背後に身を隠す彼女が平身低頭で手を擦る

「ごめんなさい、落ち着いて」

由由しき事態に
階段下で二階(白狐)の様子を窺っていた(日課)
しゃこが彼女の足元に駆け寄った

すると何を思ったのか
「きゅんきゅん」鳴く、しゃこを抱き上げると声高高に言い放つ

「しゃこが付き添う!」
「其れなら問題ないでしょう!」

同時に母親、父親が突っ込む

「いや、問題あるでしょう?」

無理かー
無理だったかー

首を捻り、項垂れる彼女に吹き出す母親が到頭に折れた

「行ってらっしゃい」

「え?」

「しゃこが一緒なら、気を付けて行ってらっしゃい」

そうして何事もなく台所仕事を始める母親と
居間の長椅子へと戻っていく父親を交互に見詰める

何より其の身を捩って、自分の顎先を舐め捲る
しゃこを「立役者」として緊と抱き締めた

途端、自分の頭上目掛け吠え出す
愛犬に彼女は恐る恐る、其の顔を上げる

其処には台所の天井から
逆様に、半分だけ顔を出す白狐の姿があった

何とも恨めしい顔を見る限り、事の顛末を窺っていた様子だ

しゃこを出し抜いたのか
其れとも、此の場の雰囲気に白狐の存在に及ばなかったのか

問題は別にある

「ごめんなさい」

尚も威嚇を続ける
しゃこを宥めながら謝罪するも
天井の白狐は無言のまま、引っ込んでいった

其れでも彼女は言わずにはいられない

「本当に、ごめんなさい」

作品名:狐鬼 第一章 作家名:七星瓢虫