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狐鬼 第一章

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「もも神」事、すずめが辿り着いたのは
病院裏手の雑木林だった

生きるか、死ぬかの瀬戸際で
「虫は無視」等と、吐かしている場合ではない

螽蟖、蟋蟀、蟬、何でも御座れだ
今は虫だろうと側にいて欲しい程、心細くて堪らない

なのに、如何した事だろう
雑木林の中は水を打ったように静かだ

虫の中の、虫が報せたのか

生憎、自分には腹の虫しかいなかったが

そうして気付いた

あの森もそうだった、と
蝉の鳴き声一つ、しなかった、と気が付いた

白狐の言う通り
自分は何て鈍感なんだろう

息切れする身体を屈める彼女が目の前の樹木に手を突く

其のまま幹に縋り付くかの如く蹲る
そうして気付く痛みに素足を見遣れば泥に雑じって血が滲む

手当てをする気力も湧かず其の瞼を閉じる

白狐は如何しているのだろうか

丸で月を挟むが如く対峙する、二つの影
巫女の為、交戦中なら自分の元には来られないだろう

今迄、当たり前のように差し伸べられた
白狐の腕に矢張り、巫女二人は無理なのだ

結局、自分は何処迄も足手纏いなのだ

如何しても消極的な事を考えて途方に暮れる
彼女が其の気配に気が付く

咄嗟に四肢を縮める、荒い息遣いを呑み込む

「 追い掛けっこ の次は 隠れん坊? 」

からから笑う幼女の声が耳元近くで響くのは気のせいだ

「 た の し そ う ね ♪ 」

其の瘴気を真面に受け彼女は発狂しそうになる

叫び出し
飛び出し
今直ぐ、楽になりたい

無謀な衝動に駆られながらも
震える両手の平で口元を押さえ必死に堪えた

兎にも角にも白狐の元へ戻ろう

物音一つ立てないよう、ゆっくりと立ち上がる
足元に転がる枝に細心の注意を払いながら歩き出す

無我夢中で逃げたが安全地帯は其処しかない

「 きゃは きゃはは 」

幼女の笑声が寄せて返す
其れでも彼女は恐慌する事無く慎重に歩みを進める

自分の息遣いが寄せて返す
一瞬、音無に鼓膜が支配された

幼女の笑声すら聞こえない
自分の息遣いすら聞こえない

気が気でない彼女が樹木の影に立ち止まり、背後を窺う

本音を言えば振り返りたくない
だが、此の状況では振り返るしかない

当然、幼女の姿を見付ける事は出来ない

其の行方が気になる
一体、何処に行ったのだろうか

周囲の様子に不安しかないが、仕方ない
彼女は其の顔を進行方向へと戻す

其処には逆様の姿勢で浮かぶ、幼女の顔があった

「 見ぃ つ け た ああああ 」

にんまり笑う、幼女の顔を言葉もなく見詰める
彼女がぎこちなく尻餅を搗く

くるり、と回転する幼女が彼女目掛け飛び付く

「 捕まえたあああ ああ 」

豪快に引っ繰り返る、其の身体に馬乗りで着地する
幼女の重みに肋骨が軋む

加えて地面に叩き付けられた激痛に歯を食い縛る
彼女の顔を覗き込む幼女が嬉しそうに身体を左右に揺らす

其の揺れが肋骨に響いて堪ったもんじゃない

「 つぐみの勝ちいいい 」

両手を掲げ勝利宣言する幼女が小さな身体を仰け反る

次の行動に彼女も察しが付いた
得意気に舌を出す幼女が其の両腕を勢い良く、振り下ろす

咄嗟に構える腕で抗戦する

「 二度と 二度と近寄らないでええ 」

「 二度と 二度とわんちゃんに近寄らないでええ えええ 」

破茶滅茶に両腕を振り下ろす
幼女の攻撃を文字通り、死に物狂いで腕を構えるも
馬乗りの重みと其の振動で肋骨が不味い

見る見る腕の力が抜けていく
弾かれたら最後、幼女の攻撃を躱す事は出来ない

矢先、幼女の打撃に打ち負けた
開いた胸元に高笑う幼女が両手を叩き付ける

思わず意識が遠のく

顎を上げる彼女の寝間着を鷲掴む
幼女の短い指先、苦内のような鋭い爪が生えていた

「 心臓を抉ってやる から 」

既に彼女の抵抗はない

ぎらぎらと強烈に光り輝く眼差しで
悠悠と彼女を見下ろす幼女の唇が歪に吊り上がる

作品名:狐鬼 第一章 作家名:七星瓢虫