狐鬼 第一章
18
何と言えばいいのだろう
歯を食い縛り目を引ん剝く
彼女の俯せの身体が地上目掛け急降下して行く
恐怖の余りに気絶すればいいのに
余りの恐怖に気絶すら出来ない
何という、矛盾
以前、読んだ漫画を思い出す
スタントマンを目指す主人公が養成所初日
飛び降り訓練で失神しない為、「suicide(自殺)」と、叫びながら
高所から落下する、と教官に指導を受けていた
悲鳴も出せず
気絶も出来ない自分はスタントマン向きなのだろうか
運動音痴なのに
如何でもいい事を思考するのは現実逃避故なのか
無情にも彼女の目前に黒い地面が迫り来る
間一髪、人化した白狐が其の腰を引き寄せ抱き抱えた
緩やかに一回転する
白狐が軽やかに地面に着地する
歯の根が合わない彼女は何とか白狐を見上げるが
其の翡翠色の眼は前方を見据えていた
彼女も釣られるように顔を向ける
今宵の月の下
腰迄ある黒紅色の髪を流す巫女が佇む
見遣る裸足の足元が宙に浮いていた
「、彼女は…っ」
其れ以上、言葉が続かない
着流しの衿を鷲掴む
彼女の震える手を、ゆっくりと引き剥がす
そうして地面に下ろす、其の言葉を肯定した
「巫女であって巫女ではない」
徐に白狐の腕が彼女を自分の背後へと押し遣る
下がっていろ
其れが合図になったのか
両腕を羽撃かせる巫女の身体が一気に上昇した
煌煌と浮かぶ、輪の中
背にする其の身体を仰け反り嗄れた低い声で高笑う
「 其れでも 」
「 其れでも「巫女」殿だ 」
「 如何する? 」
「 如何する? 狐よ 」
夜の静寂を震わせる吽煙の
巫女らしからぬ嬌笑に俯く白狐の顔が笑みで歪む
噛み締める牙が不穏な音を響かせる
「俺が手出し出来ない、と?」
其の両手が見る見る内に鎌爪に変化していく
顎を突き上げる、露になった喉元が筋張り威嚇の如く唸り始める
「生憎、巫女をお前等に呉れてやるつもりはない」
吐き捨てるや否や巫女目掛け天高く跳ね上がる
白狐の予想外の言動に
上空の巫女は嗄れた低い声で悪態を吐くと其の身を翻す