狐鬼 第一章
病室の、開かれた腰窓から今宵の月が遠遠しく浮かぶ
其の光を背に佇む影は矢張り、ひばりだ
白狐は戸惑うも寝台へと眼線を流す
身動き一つ出来ずに自分の身体が
寝台から浮いている彼女が其の顔を引き攣らせている
不意に巫女の背後から幼女が姿を現す
「お姉さんが教えてくれたの」
其の腕に自分の両腕を絡める
幼女が満面の笑みを浮かべて巫女を仰ぎ見る
「自分が「御主人様」だって」
白狐の翡翠色の眼が巫女を射抜く
だが、月を背に佇む其の表情は窺えない
そうして幼女が嬉しそうに付け足す
「わんちゃんとずっと、ずっとずっと一緒!って約束したの!」
目の前の巫女からも幼女と同じく「魔臭」がする
此れは巫女なのか
此れは巫女の振りをした「魔」なのか、自分には分からない
「此の人は偽者なの!」
幼女の言葉に白狐の思考が途切れる
偽者?
偽者と言ったのか?
「違う、すずめは、」
巫女の手前、其れ以上は言えない
「だが」と、言い開く白狐を巫女が制す
向けらてた手の平が人差し指のみ残し、立てる
言葉もなく見入る白狐の前で
巫女がゆっくりと其の人差し指を真横に動かす
同時に浮いたままの彼女の身体も同様、横へと滑り出す
其の眼を剥く白狐を余所に
幼女が我慢出来ずに小躍りして喜ぶ
「偽者は始末するの!」
次の瞬間、巫女の人差し指が勢い良く背後に振り切れる
当然の理なのか
彼女の身体も勢い良く巫女の背後へと吹っ飛んで行く
窓際に佇む、巫女
其の脇を掠める彼女の身体は
開かれた腰窓に吸い込まれるが如く闇に消えた
白狐が窓枠目掛け突っ込む
だが、そうはさせじと巫女が自らの身体で遮る
其の時、白狐は巫女の目を真正面から見据えた
意識のない、虚ろな目
其れでも一瞬
翳る黒紅色の目に心が騒めく
だが今は躊躇逡巡等、無意味だ
踏み止まる白狐が
巫女の身体を避ける為、頭上の天井目掛け跳ねる
刹那、幼女の呼ぶ声が響く
「わんちゃん!」