狐鬼 第一章
上も下もない漆黒の中
僅かな光が射し込む箱庭のような、此の部屋
空っぽの天蓋付き寝台を覗き込み彼は溜息を吐く
「如何して吽煙は、こうも馬鹿なの?」
額の第三眼が沁み沁み言う
「 吽煙だけの話しじゃねーぞー 大概の「魔」は馬鹿だぞー 」
寝台の足元
フットベンチに腰掛ける彼も沁み沁み答える
「じゃあ僕は「魔」になんか、なりたくないなあ」
人間の振りをして「魔」になるよりも
「魔」の振りをして人間のままでいる方が良い
「 つれないねー 」
「 おれを受け入れておくれよー 」
含み笑いする額の第三眼を彼が鼻先で遇う
「充分、受け入れてるけど?」
精神的にも
肉体的にも
以心伝心の、一蓮托生じゃないか
「何が不満?」
彼の棘のある言葉に
額の第三眼は其の眼玉をぐるりと引っ繰り返す
不満はある
此処に留まる理由にも
神狐に干渉する理由にも
何もかもが不満だ
だが其れ等を述べた所で意味がない事は知っている
なら態態、二重の意味でも言う必要はない
けど敢えて言うなら
やっぱ、お前はおれを受け入れてないから
分かってんだろ?
筒抜けの、お互いの感情にお互い閉口する
そんな彼と額の第三眼が醸し出す
剣呑な雰囲気に居た堪れず闇の中、微かに「影」が動く
「怒ってないよ」
フットベンチの上で胡座を掛く、彼が其の膝に頬杖を突く
「怒ってないけど、お前は良い子過ぎる」
僅かな光を避けるように佇立する「影」に話し掛ける
彼の声は何処迄も優しい
「僕の指示等なくてもいいんだよ」
「僕の指示等なくても僕の代わりに振る舞う事は許されているんだよ」
「お前は」
勿論、「影」の返事はない
当然だ
唯、伝えて置きたかっただけだ
そうして気だるげに後頭部を掻き上げる彼が誰に言うでもなく吐き捨てた
「阿煙の仇しか取らないからね」