狐鬼 第一章
夜の闇に誘われて
魑魅魍魎が跳梁跋扈するのは今も昔も変わらない
多いか少ないか
中庭の、芝生の上に「伏せ」をする白狐は少女を待ち侘びる
幼稚故、純粋な魂
幼稚故、澄む魂
全ては自分の無邪気さ故
台無しにした遥か昔の出来事を忘れた事等、一度もない
軈て中庭に続く、ガーデンアーチを施した小径を
陽気に飛び跳ねながら駆けて来る幼女の姿を見留める
上機嫌で、くるくる回転する幼女も
白狐の姿に気付き満面の笑みを浮かべたが直ぐに消えた
何かを察したのか、立ち止まる其の身体が左右に揺れる
侮ってはいけない
彼等は人間でいた時よりも敏感で、繊細だ
「行く、の?」
か細く掠れる声に白狐は翡翠色の眼を伏せて頷く
思わず唇を噛み締める幼女が再度、訊く
「行くの?」
「「すずめ」と、行っちゃうの?」
丸で咎める口調で問う少女に
白狐は何も言えずに唯、其の前足を差し出す
透かさず小さい身体を翻す、幼女が激しく頭を振る
「そんなの駄目なの!」
「わんちゃんはずっと、つぐみと一緒にいるの!」
「約束したの!」
約束?
誰と約束を?
幼女の言葉に反応する白狐の鼻が「ある」匂いを嗅ぐ
否、其れより此の匂いは何だ?
幼女の小さな身体から微かに漂う、此の匂いは何だ?
「「すずめ」がいなくなれば良いんでしょう?!」
幼女の言葉といい
幼女の微かな匂いといい
明らかに出遅れた白狐の脇を其の小さな身体が擦り抜ける
其れでも眼で追う、白狐の鼻が漸く其の匂いを嗅ぎ分けた
「魔臭」
振り返るも幼女の姿は既にない
ならば、と一目散に病室目掛け中庭を駆け出す
三眼がいる?
思うも確信はない
其の手の匂いではない
もっと低級な、吐き気がするような匂いだ
眼前に聳える、病棟の壁を垂直に駆け上がる
一気に目的の階迄、辿り着くと中庭の木木を移す窓硝子に飛び込む
と、非常口を示す誘導灯が灯る廊下で巡回中の看護師と搗ち合う
白狐は舌打ちし突進して行く
避けるのも面倒だ
だが、あろう事か
看護師は甲高い悲鳴を上げながら壁際へと倒れ込む
「いぬ!」
「いぬいぬいぬいぬ、でっかいいぬうううう!」
犬ではない、と牙を剥く
白狐が看護師の脇を脱兎の如く、駆け抜ける
脳裏に彼女に説明した言葉が浮かぶ
「巫女の能力で如何様にもなる」
「巫女が近くにいる」