狐鬼 第一章
遠く一番鶏が鳴く
もう直ぐ夜が明ける、と幼女に報せるように鳴く
「もう、さよならなの」
「人が沢山、来て騒がしくなるの」
何時から目を覚ましていたのか
始めから眠りに等、就いていなかったのかも知れない
唇を尖らせ立ち上がる
幼女が目の前に聳える病棟を見上げる
「大っ嫌いな人達が大勢、来るの」
幼女のか細い腕に残る過酷な治療の痕跡は
死して尚、忘れる事も消える事もない
全ては幼稚さ故だ
誰を恨めばいい
何を恨めばいい
幼女には分からない
親を憎めばいい
病を憎めばいい
白狐にも分からない
軈て、其の小さな身体を思い切り伸ばす幼女が
「伏せ」をする白狐の顔を覗き込み笑む
「又、遊んでくれる?」
勿論、白狐は頷く
そして何気なく自身の置かれた状況を語った
「すずめが厄介になっている間は、な」
其の名前に反応する
「すずめ?!」
「わんちゃんの、御主人様?!」
飛び付く勢いで白狐の鼻先に身を乗り出す幼女に
白狐は其の髭を震わせる
「違う!」
「俺の巫女は、ひばり一人だ!」
断言したは良いが罪悪感が半端ない
彼女には頭を下げて(否、脅し)
巫女になってもらったというのに何て言い草だ
そろそろと項垂れる白狐を余所に
「巫女」の意味が分からないまでも幼女が、ぼそりと言う
「何方にしろ、いるのね」
稚い、円らな瞳に一瞬だけ影が差すも
其の身体を回転させる幼女の姿は中庭の木木に消えた
一人残された白狐は後ろ足で耳元を掻きながら自分に言い聞かせる
馬鹿馬鹿しい
巫女は巫女だ
其れ以上でも其れ以下でもない
だが、ひばりに抱く感情はなんだ
だが、すずめに抱く感情はなんだ
何の意味もないに決まっている
其れでも自分自身、不甲斐ないのか
耳元を掻き上げる後ろ足で思い切り自らの後頭部を蹴り抜いた
そうして暫し項垂れる
白狐が溜息交じりに其の身体を起こす
歩き出す白狐の背中を中庭の木木に紛れて幼女は見詰めていた
「つぐみのわんちゃん…」
ずっと、ずっとずっと側にいて欲しい
切なく目を伏せた
幼女の色素の薄い飴色の、短めの髪が風を感じる
目の前の木木の葉が異様な程、騒めく
幼女は円らな瞳を真ん丸くするも
不思議な気配を感じて振り向いた、其処には