狐鬼 第一章
上も下もない漆黒の中
其処だけ
此の部屋だけ
僅かな光が射し込む箱庭のように存在する
天蓋付き寝台に横たわる
少女の其の瞼は微動するも固く閉じられたままだ
寝台脇の、机に置かれた真鍮製の三灯燭台
灯る蝋燭の炎がちらちら、揺れる
少女の横顔を天蓋から垂れる
白磁色の透ける生地越しに仄かに照らす
其の炎は姿無き黒煙の形姿すら浮かぶ
吽煙は何を思うのか
微かに開く少女の唇から自らの身体を入り込ませる
徐徐に入り込む黒煙に
少女の身体が鈍い音を立てて仰け反る
そうしてすっかり吽煙を呑み込んだ少女の瞼が開く
黒紅色の髪同様
黒紅色の目が頭上の天蓋を見詰める
動かす腕が多少、固い動作だが何れ馴染むだろう
「 成る程 」
其の、小振りの唇を歪め冷笑う
「 人間も 」
「 人間も良いモノだな 」
寝台の上で上半身を起こす
吽煙が其の肩を揺らして声高に笑い出す
此処からは秘密だ
此処から狐鬼に秘密だ
頭の片隅に姿無き阿煙の嗄れた高い声を思い出す
「 言い訳等 通用しないぞ 」
安心しろ
言い訳等する必要はない
上手くいく
上手くいけば狐鬼も認めるしかない
だが今は亡き阿煙は常に危惧していた
知られなければいい
知られなければ、彼の機嫌を損ねる事はない
だが、知られない事は不可能だ
そして其の声は今も尚、吽煙には届かない
「 お前も来るか? 」
天蓋の、白磁色の透ける生地を手で避ける
少女が闇の中、気配もなく佇立する「影」に問い掛けるも返事はない
中の、吽煙が声を立てて笑う
「 問うた所で 」
「 無意味 」
「 お前には無意味だったな 」
此の「影」の眼には狐鬼の姿しか見えない
此の「影」の耳には狐鬼の声しか聞こえない
此の「影」の、本当の存在に気が付いた時
狐鬼はどんな顔をするのだろうか
想像すると可笑しくて堪らない
寝台脇の、机に置かれた真鍮製の三灯燭台
灯る蝋燭の炎がちらちら、揺れる
生憎、自分には必要のない灯りだ
其の身を屈める
短く息を吹き掛けた瞬間、他愛もなく消えた