狐鬼 第一章
中庭の、芝生の上に「伏せ」をする白狐の腹に凭れ掛かる
幼女が其の白毛に頬擦りした
「わんちゃん、ずっと欲しかったの」
稚い、円らな瞳を煌煌と輝かせる幼女が語り出す
「ママが言うの」
「つぐみが元気になったら美味しい物を食べよう、って」
「パパも何処へ遊びに行こうか、って言ってくれるの」
好きなモノ
好きなトコロ
好きなだけ
「でもね、分からないの」
「好きなモノも」
「好きなトコロも」
「だって、つぐみは此処から出た事がないんだもの」
そうして小さく欠伸をする
幼女は幽霊らしからぬ睡魔に其の瞼を丸める指で擦った
何時になく燥いだ結果なのだろうか
帰る場所も
進む場所も分からない
「俺が連れて行ってやる」
白狐の言葉に幼女は気の抜けた声で訊ねる
「ママと」
「パパのトコロ?」
両親は未だ此の世だ
「其れは」
と、言い渋る白狐は翡翠色の其の眼を細めるも
結局、誤魔化す事も嘘を吐く事も出来ない
「無理だ」
「其処には行けない」
方便も使えない自分に腹が立つと同時に後悔も湧く
凭れ掛かる
幼女の返事がない事に唯唯、気持ちが落ち着かない
長い沈黙の後、微かに響く寝息に白狐は首を其方に傾ける
案の定、ふさふさの白毛に埋もれて眠りに就いた
幼女の姿に白狐は口元を歪める
「ゆっくり休め」
其れだけが幼女の救いなのかも知れない