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狐鬼 第一章

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「あら、美味しそうじゃない」

本音なのか、建前なのか
寝台机の上に置かれた食膳を覗き込む母親が感想を漏らす

夕食は午後六時、面会時間は午後八時迄と聞いているが
母親は帰り支度を始めた

「帰る前にコンビニ行くけど欲しい物、ある?」

其の一言で先程の言葉は建前だと彼女は理解した

と或る大学の、医学部附属病院である此処の一階には
コンビニエンスストアが併設されている

二十四時間営業の他店舗をあるそうだが
此の病院の店舗は早くても七時半開店、遅くても十時半には閉店する

有難いが生憎、食欲が湧かない

理由は言わずもがな、だ

慎重に患者衣を脱ぎ捨て
母親が用意した寝間着に袖を通すにも四苦ハ苦する、此の痛みだ

唇を噛み締め顔を歪める我が子を心配げに見遣る
母親に「大丈夫」と、本当に小さく頭を振るが其れすら痛みが襲う

其れでも胸部固定帯のお蔭なのか多少、楽だ

「色色、有難う」

寝間着の他に洗面用具
退院時用の衣服等も用意してくれた母親に痛みを堪えて頭を下げる

彼女が二度寝した際
母親は病院周辺の店舗を巡り何や彼や買い揃えて来たのだ

我が子が寝台に脱ぎ捨てた
患者衣を畳みながら母親が大袈裟に肩を竦める

「仕方ないわよね」
「白装束で電車に乗る訳にもいかないし、旅行用鞄は手元にないし」

起きしな、旅行用鞄の件を問われた

御丁寧に名札だけ捥ぎ取った
白狐の意図は薄っすらとだか彼女は理解出来る気がする

抑、自分は此処に留まれない

遅かれ早かれ地元に帰るしかない
其れに関しては白狐も異存はないと思う

肝心の巫女である、少女の居場所が分からないからだ

「俺は犬ではないのでな」

深闇に潜った「魔」を追う事は
己の能力を以てしても不可能だと白狐は吐き捨てたのだ

そして「魔」である彼は怒っている
故に間違いを犯さない為にも自分達の間に冷却期間を置くのだ

彼女にはそう、思えてならない

「旅行用鞄はロッカーに預けてある」

咄嗟に母親に説明したが
自分達は再び、神社に戻らなければならない

白狐は其れを望んだ
白狐は其れを望んだんだ

自分を巫女にした以上
もう一人では神社に帰れないからだ

白狐は此処を発つ前にもう一度、神社に帰りたいんだ

寝っぱなしに疲れ身体を伸ばす為、立っていたが
立ちっぱなしにも疲れ寝台に腰掛ける彼女が何気に訊ねる

「帰るって、地元?」

飽くまでも暢気な我が子に母親は少少、語気を荒げた

「宿を取ったわよ!」
「貴女を残して帰ったら母さんが怒られるわよ!」

完全看護の、此の病院では付き添いは禁止だそうだ
入院患者の容態如何によっては可能だが彼女には当て嵌まらない

苦虫を噛み潰したような顔で寝台の向こう
仁王立ちで構える母親に「御尤もです」と、彼女は首を縮めた

「で、何か要る?」

再度、訊かれた瞬間
食欲がなくとも腹の虫が鳴る

其れはそうだ
此れは伝播性消化管収縮運動の結果なのだ

其れでも絶えず鳴く、腹の虫を宥める為に
寝台机の食膳にある果物の、林檎兎に手を伸ばす彼女が思い付く

白狐は如何するんだろう

彼此、時間が経つが未だ帰って来ない
抑、神様に「空腹」という観念があるのか疑問だが仕方ない

「あったらで良いんだけど」

「何?」

稲荷神社の、狐様と聞いて思い浮かぶ物は一つしかない

作品名:狐鬼 第一章 作家名:七星瓢虫