狐鬼 第一章
上も下もない漆黒の中
静寂という音が途切れる事なく響く
照明の如く
其の姿を照らし出す光線の下、彼は頭を抱え項垂れる
「 あの狐 」
「 あの狐は若過ぎる 」
遠慮気味に囁く嗄れた低い声に彼の返事はない
代わりに額の第三眼が、うけうけ笑いながら相手をする
「 吽煙は自分の歳が分かるのかー 」
「 生憎 俺は自分の歳も分からねーし狐の歳も分からねー 」
勿論、其処が問題じゃないのは百も承知だ
「 あの狐 初(うぶ)なだけだろー 」
そうして大声で笑い出す
其の下品な笑声に姿無き声は悄気たように口を閉ざす
吽煙の様子に彼は溜息を吐くも答える
「がきだろうがじじいだろうが関係ないよ」
「条件は御付きの巫女を愛しているか否か唯、其れだけだよ」
巫山戯た事に相手の気持ち等、関係ない
狐に魅入られたら最後、逃れる術はないに等しい
其処は経験済みだ
其の経験済みの出来事を思い出したのか
不意に微笑む彼が続ける
「何度も言うよ」
「神狐の命の珠、巫女の命の珠」
「其の二つを手に入れて願い事を無効にしなければ意味がない」
「僕が存在した意味も」
「僕が此れから存在していく意味も、だよ」
優優と語るも
彼の確固たる口調に額の第三眼も黙り込む
そして再び、項垂れる
「阿煙を消し飛ばした、あの光」
其れ以上、言葉が出ない
煮え滾る頭の中を白狐、巫女、何故か彼女の姿が過ぎる
「 さあ? 」
額の第三眼に「お口チャック」は無理ゲーだ
陽気に答える甲高く、濁る声を余所に
彼は彼女の残像を剥ぎ取るように掻き上げる頭髪を引き千切る
其の様子に耐え切れず吽煙が止めた
「 阿煙の事は 」
「 阿煙の事は忘れろ 」
一瞬、彼の黒目勝ちの、やや切れ長の眼が闇を射抜く
「冗談でしょう?」
見事、射抜かれた姿無き声が咄嗟に息を呑むも
直ぐ様、彼は笑みを湛える
「如何して?」
「如何して、そんな事を言うんだよ?」
「如何してだよ、吽煙?」
何処迄も笑みを湛え
何処迄も口調は穏やかだが其の眼は決して笑っていない
蛇に睨まれた蛙状態の吽煙に
額の第三眼は可笑しいのか、瞼が上下に動いては歪む
「如何して、お前は平気なの?」
唇の端を此れでもかと吊り上げ
問い掛ける声を震わせる彼に警戒しながら姿無き声が答えを口にする
沈黙は認められない
「 其れが 」
「 其れが「魔」というモノだ 」
「 狐鬼 」
思わず顔を顰める彼が舌打つ
聞いた言葉だ
嫌という程、聞かされた言葉だ
「 一度きりの命 楽しもーぜー 」
時時、額の第三眼を殴り付けたくなる
其れは自分自身を殴り付ける事だと理解していても、だ
そして其れは相手にも筒抜けだって事も分かっている
知って知らでか否、知っているが
其れでも陽気に笑い声を響かせる額の第三眼に彼は辟易した
「好い加減、黙ってくれない?」
若干、凄みを効かせた声に額の第三眼は大人しく従う
「反吐が出そうだ」
吐き捨てる彼が照明の如く
其の姿を照らし出す光線の下から歩み出て行く
取り残された漆黒の中、姿無き吽煙が零す
「 覚醒は 」
「 覚醒は未だか 」