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狐鬼 第一章

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晴れて主治医の許可を得た看護師が
意気揚揚と語り始める前に母親が足元の丸椅子に腰掛ける

「あの稲荷神社」
「知る人ぞ知る、と或る新興宗教の拠点なんです」

従って本来、神社が行うであろう祭礼、神事の類は皆無だ

上記の事情から地元住民は勿論の事
辺鄙な田舎故、観光客が足を運ぶ所か目に留める事もない

「唯、年に数回」
「信者を集めて祭事を開催する程度なんですけど」

「舞台があるでしょう?」

神楽殿という程、大層な物ではなかったが
あの少女が巫女装束を身に纏い鎮座する姿は充分、神神しかった

訊ねられ頷く彼女を見止め看護師は
「矢張り、境内に入ったんですね!」と、歓喜の声を上げる

「祭事以外、門扉は閉ざされていて入れないんです!」
「今もそう!、如何やって入ったんですか?!」

「教えて教えて!」と、燥ぎ迫る看護師に
彼女は気圧されるも「門扉の隙間から覗いた」と、誤魔化す

「そうなんですね!」

納得が早い
若しかして然程、興味がなかったのかも知れない

「でもね、入り込んだ輩がいたんですよ!」

何でも地元の腕白学生達が面白半分で入り込んだらしい

「本当、怪しからんですよ!」
「剰え、あの舞台に上がったってんだから!、もう!」

嘆かわしい、とばかりに頭を振り続ける看護師に
傍らに佇む主治医が付け足す

「舞台は巫女の聖地ですからね」

頷き同意する看護師が不意に声を潜める

「でもね、声がしたそうなんです」

「、声?」

聞き返す彼女の反応に看護師が更に声を潜める
必然的に主治医も母親も看護師の元に身を寄せるように乗り出す

一同が看護師の次の言葉を待っている中、彼女の声が響く

「無礼者は嫌いだ」

言った後、即座に口元を押さえる
彼女が窓辺に佇む白狐に驚愕の視線を投げた

何時からか此方を呆れた様子で眺めていた、其の唇がにやりと笑う

「そうです!、そうです!」
「「無礼者」って、怒鳴られたって彼等は口を揃えて訴えたんですよ!」

彼女の言葉に頷く看護師が続ける

「でも!、でもね!」
「其の場には彼等しかいなかったんですよ!、彼等しか!」

そうして彼女、母親、主治医と順順に
舐めるように見回した後、看護師は身体を起こして腕を組む

「私は絶対、狐様の声だと思うんですよ」

看護師の言葉に頷く主治医も感慨を込めて言う

「元元、本殿のみの社に立派な鳥居を構えてくれたんだ」
「新興宗教だろうが何だろうが、神狐様は感謝しているのでしょう」

「其れはそうかも知れないですね」

彼女の「転んだだけ」では通常、考えられない怪我の程度は
「丑の刻参り」と、いう無礼な行為の結果
狐様の罰が当たったのだと看護師は解釈していた

身を乗り出す際、浮かせた腰を丸椅子に置く母親が
「今の話し知ってたの?」と、彼女に訪ねるも小刻みに首を振るだけだ

尚も両手で口元を押さえたままの彼女に白狐が白状する

「すまん、乗っ取った」

其れは可能な事なのか

自分が巫女で
相手が神狐ならば其れは可能な事なのか

唯、其れが可能な事だとしても実行して良いとは限らない
自身、思いも寄らない言葉を発したのだから吃驚仰天、此の上ない

ばつが悪いのか、蟀谷を掻き上げる白狐が続ける

「お前は俺の巫女だ」

「はい」

言葉通り、其のままの意味なのに自分には唯唯、こそばゆい

周りを注視しつつ小声で
返事を返す彼女に白狐がふっと息を吐くように笑う

「で、俺と言葉を交わしていて気が付かないのか?」

「はい?」

意味が分からず目を真ん丸くする彼女に白狐が頭を垂れる

「鈍いな」

「お前の声は響くが」
「俺の声は姿同様、お前にしか響かない」

其の言葉にはっとして盗み見る主治医も母親も
穏秘学好き看護師さえも白狐の声には反応していない様子だ

「そうなんだ…」と、いう言葉は呑み込んだものの
「なら、個室じゃなくてもいいんだ」と、いう言葉ははっきり声にする

「え?」
「え?」

「え?」

主治医、母親を順に見遣り
目線だけで自分を見遣る彼女に白狐が項垂れたまま再度、言う

「だから、お前の声は響くと言ったばかりだろう」

至極、当然の事だ

「あ!」

咄嗟に口元を手で覆う彼女に主治医が申し訳なさそうに弁明する

「大部屋は空きがなくて」
「勿論、差額代は請求しませんので安心してください」

「嫌だ、貴女はお金の心配なんかしなくて良いのよ」

母親の多少、窘める口調に
「すみません…」と、呟くと枕に沈み込む彼女の様子に
看護師の話しといい、主治医は無用に長居してしまった、と思い至る

「お疲れでしょう」

気遣う主治医はラウンド型、黒縁眼鏡の片端を摘まみ上げると
「其れではお大事に」と、声を掛け病室を出て行く

会釈して主治医を背中を追い掛ける看護師が訊ねる

「先生、「神狐様」って何ですか?」

其の言葉に彼女は反応するも然程、驚かない

祭りの参加者達は誰も彼も大身そうだった
若しかしたらあの主治医も信者なのかも知れない

「誰を呪ったの?」

主治医と看護師を病室の扉前迄、見送った母親が彼女を揶揄う

そうして目を伏せ頭を振る我が子の額に掛かる
前髪を母親の手が掻き上げる

「少しね、熱があるのね」

頷く彼女は指摘されて一気に身体が怠くなる

子どもの頃からそうだ

他人に指摘されないと
自分の置かれた状況が把握出来ない

起きたばかりだが直ぐにも眠れる気がする
額を撫でる母親の手に促されるように目を閉じる彼女がふと、気が付く

「病院から電話、来たの?」

彼の屋敷に向かった際、自分は身一つだった
身分を証明する物等、何一つ携帯していなかった

ううつらうつら、問う彼女に
母親は着物と一緒に渡された「モノ」を目の前に差し出す

「ああ、此れ」

其れは旅行用鞄に付いていた名札だった

「此れのお陰で連絡が来たのよ」

思えば中学時代、修学旅行時に購入した旅行用鞄

集団生活をする上で自身の持ち物には名前
旅行時の持ち物には連絡先を明記するのは必須だ

必須というより、強制だ

旅行用鞄も例に漏れず
個人情報管理に危機感がない、といえばそうなのだろうが
今回は此の名札のお陰で自分の身元が証明された

其の為に白狐が旅行用鞄から捥ぎ取ったのだろう

「有難う」

微妙に嚙み合わない我が子の礼に
母親は首を傾げたが取り合えず頷き答える

「如何致しまして」

窓辺に佇む白狐は彼女の言葉を受けて肩を竦めて微笑む

「でね、気になったんだけど」

話し続けるも我が子の健やかな寝息が聞こえてきたので
母親は寝台の柵に肘を突く

我が子の其の顔を眺めて疑問を口にする

「本体は何処?」

作品名:狐鬼 第一章 作家名:七星瓢虫