狐鬼 第一章
14
真っ白な視界に
真っ白な布地が嫋やかに風に戦ぐ
壮年にしては白髪のない頭髪が自慢の母親が
呆ける我が子の顔を覗き込む
「此処が何処か分かる?」
此処は病院だ
無機質な程、何も感じないので分かる
逆に此処に至る迄の過程が分からずも彼女は小さく頷く
頷く序でに起き上がろうとしたが痛みで断念する
「肋骨、罅が入ってるって」
説明する母親が同時に溜息を零す
聞きたい事は山程あるとばかりに
母親が問い質す前に「ごめんなさい」と、彼女が出抜くで謝る
思わず我が子を覗き込む、其の姿勢のまま動作を止めた
何時もの展開だ
否、手を煩わせる事は数える程しかない
ないが、全くではない
其の度、我が子は反省して素直に謝るが理由は決して話さない
納得出来ず問い質せば問い質す程、我が子は貝になる
故に謝罪された以上、何も言えない
何も言えないが
今回の件は何時もの展開が通用する範囲内なのか?
母親は今迄、掛けていた丸椅子にゆっくりと腰を下ろす
此れも何時もの展開ながら
今回は何時にも増して後押しする声が大きく押し寄せる
「娘を信じろ」
何時でも信じている
何時だろうと信じている
そうして振り仰ぐ、開け広げた腰窓の向こう
底抜けの青空に一条の飛行機雲を見止めた途端、如何でも良くなった
母親自身、品行方正な学生時代を過ごした訳ではない
其れが青春だといえば
其れは青春だと片付けられるのだろうか?
思うも母親自身、偽装?外泊
救急車で担ぎ込まれた等、流石に体験した事はない
矢張り、如何でも良くない
と、頭を振るも直ぐ様、如何でも良いという感情が湧き上がって来る
何故?
そして尚も響いて来る「娘を信じろ」と、いう言霊
「可笑しい」
何もかもが「可笑しい」
「可笑しくない」
何もかもが「可笑しくない」の、堂堂巡り
何気に立ち上がる母親が風に戦ぐ窓掛けを引き寄せ
窓掛け留めで纏めると房掛け金具に引っ掛けた
其の行動、一つ一つが鈍重映像の如く彼女には映る
窓辺に佇む母親の背中を
瞬きもせず彼女は見詰めていた
軈て口を開く母親の「馬鹿な真似はしてないわよね?」
と、いう問い掛けに短く答える
「してない」
振り返る母親が一笑して頷くも
何処と無く、狐につままれたような顔で上目遣いに首を傾げた
「じゃあ、先生を呼んで来るわ」
言う也、病室を後にした母親は中中、戻って来ない
当然だ
地元に一人残る父親に連絡を入れているのだろう
果たして如何、説明しているのか
本当は勝手な真似をしようとした
本当は馬鹿な真似をしようとした
一人で生まれて
一人で生きて来た訳じゃないのに
一人で死のうとした自分が間違っていた
其れも此れも今だからこそ思い至る事だ
窓際に目線を向ける彼女が呟く
「、母には、見えないの?」
「そうしている」
朗朗と答える、腰迄ある白髪を靡かせ白狐が窓外を眺めている
母親が傍らに歩を進めた時は正直、焦ったが
当の白狐は其の翡翠色の眼を逸らす事無く、佇んでいた
「其れとも姿を見せた方が良いのか?」
此の姿を見せ、堂堂と彼女を擁護すれば良かったか
と、冗談半分に思う反面
母親の様子から我が子を信頼している事は理解出来た
ならば充分だ
微かに覗く、白狐の口元が緩んでいるように窺える
其の様子に彼女が巫山戯る口調で言う
「狐の姿なら良いですよ」
「母、犬好きだから」
突如、勢い良く振り返る白狐が
「犬じゃない」と、抗議する前に病室の扉が開いた